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森の娘と獣たち  作者: OWL
森の獣
13/212

1-13 人間の値段

「お嬢ちゃんが、山の上に住んでるって娘かい?」


注意散漫になってこんな近くまで人が近づいていたことに気が付かなかった、びくっとして警戒して後ずさる。


「ああ、心配しないで。おじさんは迎えに来たんだ。フィオちゃん達を心配している娘がいるって村の女の子に聞いてね」

「フィオのことを知っているの?」

「もちろん、村じゃ育てられないからっておじさんが引き取って大事に預かっているよ。君も心配だから連れてきて欲しいって頼まれたんだ」


確かに村の人とは全然違う服装で靴も頑丈そうだ。

でも、何だか目がぎらぎらしていて怖い、警戒して答える。


「間引かれたって、聞きました」

「貧しい村人が育てられない子供を抱えた場合、商人に預けてお金を貰うんだ、間引くってのはそういう意味さ」


わたしには本当の事かどうかよくわからない。


「フィオは近くにいるんですか?」

「遠い所にいるから連れて行ってあげるためにおじさんが来たのさ」


商人だというおじさんは話しているうちにだんだん打ち解けてきたのか、ぎらぎらしたような怖い視線も消えて、少し面倒になってきたようなぞんざいな口調になり始めてきた。

う、それは困る。

しばらく話すと他の子供達もまとめて預かっていて、近いうちに大きな街に移動するのだそうな。


「そうですか、じゃあまた今度連れて行って貰っていいですか、今日は一度家に帰りたいんです」

「随分具合悪そうだけど、ちゃんと家に帰れるのかい?おじさんの驢馬に乗せて家族のところまで連れて行ってあげようか?」


心配そうに申し出てくれるけど、もう家で休みたいし、巫女長に相談した方がいい気がする。


「蛇に噛まれてしまったので、今日はもう家で休みたいんです。それに家族はいません」

「この辺の毒蛇用の解毒剤はおじさんの驢馬の荷台に所にあるからついておいで、そんな調子じゃ山の上まで戻れないだろう。家族が待ってるわけじゃないなら無理に帰らなくてもいいだろうし」


周辺を行商して回っているというおじさんは薬売りもしているそうで、貴重な薬だけど子供一人分くらいなら特別にわけてくれるそうな。

さすがに怠くて一人で山小屋に帰るのは無理な気がしてきたし、一度薬貰って元気になってから考えればいいか、思ったよりいいひとみたいだし。


実際限界だったようで、よろよろと歩くのも難しくなって行商人が野営していたというキャンプまでおんぶされた。

約束通りすぐに傷口を洗い、薬を傷口に塗り込まれた後、お湯に溶かした飲み薬を貰った。


「有難うございます、何だか楽になったみたいです」


そんなにすぐ効くわけもないだろうけど、腰を落ち着けてお湯を飲んだら気は楽になった。


「まあ気休めみたいな薬さ、貧しい村人でも手に入るくらいの。弱い毒だったみたいでよかったね。そろそろ遅くなってきたし、早いけれどそのまま眠ってしまうといい。荷台の毛布を使っていいよ」


ちなみにその毛布の値段は子供の半分くらいだけどね、と嫌な事を聞きながら暖かさに包まれて眠りについた。


がらごろがらごろ、と酷い振動で目が覚めた。

何かの灯りがふらふらとゆれて影を作っている。辺りはすっかり夜のようだ。

横になっている所がなんだか酷く不安定な感じだなあ、と悠長なことを考えていたら段々思い出してきた。

異常にあれっと気がついて起き上がろうとして、失敗。

手足が荒縄できつくしばられていたのだ。


「おう、目が覚めたかい。大人しくしてな、悪いようにはしないから」


先ほどの行商人がふざけたことをいう。


「なっ、ふざけないでよ!フィオは!?」

「これから連れて行く先の人が知っているからそこで静かにしていろ」


こんなことをされて信じられる筈がない、咄嗟に荷台を転がり落ちて痛い思いをしながら、必死に逃げようと這いだそうとするが、あっさり首根っこを掴まれて引き戻される。


「大人しくしてろ、といっただろう。いうことを聞けないならこうだ」


頭を掴まれて荷台の縁に後頭部を叩きつけられ、初めて味わう激痛に反射的に頭を抱えようとするが、さらに腹部へ拳をどすん、と落とされる。


「っあ”ぎゃっ」


今度はお腹を襲う鈍痛にのたうち周り体を丸くして庇う。

石を投げつけられて額を割られた時とはまったく異なる容赦のない初めての暴力に反抗の意志が萎えてしまう。

怒り任せの子供の投石や、巫女様が放ってくる山投げの投石なんかとは違う、圧倒的強者である冷徹な成人男性の暴力だ。やせっぽっちの子供じゃどうにもならない。


「・・・・・・ぅうっ、なんでこんな酷い事するの?それに解毒薬くれるって・・・」


そう、全然解毒が効いてる気がしない。殴られた痛みと別に酷い怠さがまだ続いている。


「頭の悪いガキだ、お前みたいな貧民に本当に薬をやるわけないだろう。死にはしねーよ、安心しな」


やっぱり、騙されたのだ。また少し心の奥に反抗の火が灯る。


「酷い、酷い、酷い!ウソツキ!!」


わたしが罵ると、今度は顔を引っぱたこうと手を振り上げられ、ヒッっと怯えてしまいあっさり反抗の意思は掻き消えてしまう。


「そうだ、学んだか?あんまり手間かけるようなら、殴り殺して川に放り捨てるぞ」


暗い夜の中でランタンの灯に照らされて見える瞳の奥に本気の意志が見えて、恐怖でガチガチと歯が鳴り始めてこくこく頷いて大人しくする。

大人しくなったわたしに猿轡を噛ませ、麻袋に放り込み、また夜間の移動を開始したようだ。


「チッ、小綺麗にした神殿の子供がお山の周辺でウロウロしてて、身寄りもいないから金になるっていうから手配したのに、こんな薄汚れた頭の悪いクソガキとはついてねえ」


村のガキどもより汚らしいじゃねーか、と悪態をついている。

一時期は身綺麗にしていたけれど、わたしは独りぼっちになってまた元に戻ってしまっていた。

結局二日間、体の怠さが抜けず、ろくに食べ物も与えられず、道で誰ともすれ違わなかったのか、見かけたら道を外れて隠れたのか、麻袋の中では何もわからないままこの行商人の目的地まで連れていかれた。


目的地には奴隷商人という別の商人がいて、わたしを買うのだという。

麻袋から外に出された時には周りに怖い顔をした男たちが待っていた。

中央にいたどっぷり肥った男が眉間に皺を寄せて行商人に話かけた。


「おいドラン、上玉が手に入るっていうから出発を遅らせてやったのに、何だコレは」


奴隷商人がゴミでもみるような目でわたしをみやり、周りの用心棒らしき屈強な男が行商人をこずく。


「す、すいやせん、話を盛られていたようで。でも神殿で教育を受けた子供ってのは確かですし高く売れるはずですぜ」


わたしに道中も憂さ晴らしだとさんざんお腹に暴力を振るった行商人が、今は偉そうな奴隷商人に失望されすごまれていることに、暗い喜びを覚える。

コイツ馬鹿だ、わたしを高く売りたいなら到着前に小川で洗うなりなんなり、少しは小綺麗にして服も変えればいいのに。


「おい。名前は書けるか?この紙にお前の名前を書け」


奴隷商人は舌打ちしながらわたしに名前を書けといって、周りの男にわたしに手を縛ったまま指先を切って流れる血を変なインクに混ぜ名前を書かせた。

少し反応を見るような間を置いたが、何か期待と違ったらしい、いきなり顔を張り飛ばされた。

頬はひりひりするし、猿轡を噛まされたままなので歯が痛い。

奴隷商人は用心棒に猿轡を解かせてから名を聞いてきた。


「・・・・・・ノラ、です」


奴隷商人は続いて行商人にも聞く。


「間違いありません、村の子供達もそういってました」


ああ、そうか。わたしは村の子供達に売られたのだ、今度はわたしが間引かれたってわけか。すとーん、とこれまでの経過に納得がいった。


「このミミズがのた打ち回った落書きで名前が書ける、だと?お前いくつだ?」


歳を聞かれるが、そういえば知らない、と答える。

ふざけるな、と今度は蹴り飛ばされ軽いわたしはごろごろ転がる。

わたしはちゃんと書いてます、ノラです、と泣きながら呻き声を上げる。

仕方ねえ、といら立ちながら今度は奴隷商人自らわたしの手を掴んで名前を書かせる。


それでも何か駄目だったらしく、またぶん殴られて、歯も折れて、わたしはもう苦痛が怯えを通り越して堪えきれなくなってギャンギャン泣き喚いた。


「どうしようもねえクソガキだ、もういい!主人に忠誠を誓え!」


周りの用心棒がわたしの頭を掴み、太った奴隷商人の汚い靴に強引に顔を押し付け口付けさせてご主人様に死ぬまで忠誠を尽します、と宣言させた。


「字も書けねえ、名前もわからねえ、数も数えられねえ、いつ死ぬかわからねえ痩せっぽっちの不細工が、こんなもんが売りもんになると思って連れてきたのか?ぁあ!?この役立たずが!」


奴隷商人は今度は行商人に怒りを向け始め、用心棒に連れていけと外に放り出した。


わたしは手の縄を頑丈な手錠に変えられ首輪を付けられ、馬車の幌を被せられた暗い檻に放り込まれた。

縄は強引に引っ張られた時に手首を脱臼してしまったのか、酷く鈍い痛みがしばらく続いた。

他にも同じくらいの子供がいる、皆虐待を受けたであろう生気の無い暗い顔だ。

わたしを放り込んだ用心棒にまで、お前ほど頭の悪いガキはいないがな、といわれた。


薄々思ってたけど、やっぱり二の姉様は教育ママのようでいて、姉馬鹿だったんだ。

あんなに字が綺麗、物覚えがいい、この子はエーゲリーエとは違うって褒めてくれたのに!

もう二度と会えない、戻れない姉達との幸せな日々を思い出してそれからずっと檻の中で寂しく泣き続けた。

昔児童文学って児童虐待文学だよねーと思いながら読んでました

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