エスパー
超能力者――。科学によって解明できない、人間の能力の一部が突出した力を持ち、それらの力を自在に操る者。
主に代表的な能力は、厚い壁の向こう側を覗く透視力。遠近を問わず未来を察知する予知能力。自在に物を動かす念動力。言葉を発する事無く物事を伝える精神的感応能力。壊れた物やけがや病気などを治す治癒能力。それにあらゆる物を瞬時に遠くへ移動させる瞬間移動能力。などなど。
元来は持って産まれた力だと言う説もあれば、突如開花する力とする説もあるが、本物の超能力者の存在がはっきり確認できてはいないので、存在の有無を含め全てにおいて断言は出来ない。
時代が中世のヨーロッパであれば、超能力者と思しき者は当然、『魔女』として処刑を間逃れなかっただろう。時は流れ戦争という時代の中で、超能力者は有力な兵器になると思われ、研究が急がれた。
研究は後手に回り、まだ超能力の真偽も定まらない中に、超能力者の素質が認められた者は、老若男女を問わず政府に囚われ、人間兵器やスパイといった訓練を強要され、訓練が終ると超能力の可否に関らず戦争へ投入された。
戦後も超能力の研究は密かに存続した。某大国では、超能力者専用の施設を作り、優良超能力者を他国から引き抜き強化した。一国が引抜を始めると、戦時中と同じ『兵器やスパイ』の育成だと勘繰り、その国に敵対する国も真似て施設を作り、自国の超能力者を躍起になって保護した。
結果、国が超能力者を抱え、超能力者の身分は高くなり暮らしも豊かな安定したものになった。それを知ると国の極秘機関の筈が、どこから聞いて来るのか、超能力施設への入所希望者が増えた。
国は本物の超能力者が増えると思い、既入所者の優良超能力者を審査官として、入所希望者が、本物の超能力者と非超能力者の選別をさせた。
その選定により、自国の超能力者の質が高まったと思っていた政府の要人達だったが、自分より優れた超能力者が現れると、『非』の烙印を押して入所させない事が何度となく噂され、真意を確認すると、数名の審査官が不正を認めた。
自国の国益を護るはずの超能力者が、審査官という自身の保身に走った。当然、烙印を押された本物の優良超能力者は、海外へと出て行き、最早収集が付かなくなった。
時は流れ、とある国の現在。超能力者用施設の入所は登録・調査制から試験制へと変わり、調査官も試験官と呼称が変わった。
本日は年に一度と定められた、超能力者用施設の入所試験日である。今回の新規入所希望者は四十六名程だった。前年の五百八十三名より一桁も大きく減った。
減った理由として第一に挙げられるのは、前年度より試験官に超優良の超能力者が加わり、希望者の九割以上が非超能力者と判明した為で、その後の既入所者に行われた試験でも、既入所者の約八割が非超能力者と判り、即日その全員が、詐欺罪で投獄させられ話題になった。
政府は無駄な経費を使わずに、国益を護った事を大々的に発表した。その反面、機関の方では、偽者を見抜けなかったとして、所長と幹部、当時の試験官が一掃された。
試験は三組制が各国でも基準となっており、願書に自身が記入した超能力の内容によって、試験官が『上組』『中組』『下組』の三組に分け、筆記試験――自分の超能力を使用したときの国益に付いての作文。と実際に超能力を発動させて、その力の強さを見る実技試験の二試験で構成されていた。
その後面接を行い、見事合格すれば、国の職員となり身分と生活基準が決められ、階級と給料が与えられた。
ちなみにだが『上組』は試験官又は隊長となる。現在は八名がこの組に属している。『中組』は実務専門で三十人には満たない。『下組』は事務系とされ、四十人程が事務や雑事、守衛などで在籍している。
当然得られる給料や待遇も『上組』と『下組』では雲泥の差である。
『上組』の者は、既入所者の超能力保持試験を、一年を通して抜き打ちで行う為、本来の国益を守る仕事に就く事は稀であった。もっぱら実務は『中組』の者が、数人で班を作り請け負う。それでも優秀な超能力者の集まりである。難なく『国益を護る』という実績を幾つも挙げ、少数精鋭を証明した。そして今期の二割を超える来期予算増にも大いに貢献したのである。
「はぁ――」
隣の席の受験者なのか、机に貼られた『下十八』の紙と、手元の受験票を見比べると、深く長い溜息を吐いた。その態度が何故か鼻に付き「嫌なら帰れよ」と先に『下二十六』の受験番号が貼られた隣席に着いていた女が呟く。
「えっ?俺の事?」
女は面倒臭そうに「溜息が出るほど嫌なら帰れよ」と、今度は聞こえるようにしっかりと言った。
「そういう意味じゃないよ。たとえ『下』でも、政府の役人だもの」
「だったら――」
「御免。気を悪くさせたのなら謝るよ。」
男はそう言いながら手を出して、握手を求めてきた。
女は握手には応じず「なら、何の溜息?」と訊いた。
「僕の能力に『下』の価値があるのかと考えていたら、やっぱり『上』や『中』は凄いな。って意味の溜息」
「あんたの力って?」
「笑うから言いたくない」勢い良く椅子に座った。
「笑われるような力なの?」
「そうだよ。十人に言えば十人が、百人に話せば百人全員が笑うさ」
「結構な自信ね。」
「本当の事だからね」鞄から筆記道具を出しながら答える。
「私だって同じよ。」女が頬杖をつきながら、視線を正面の黒板に向けたままで言う。
「君も?」
「えぇ。そうよ。何の役に立つのか判らない。説明するのだって恥ずかしいのよ。それを実地試験だなんて――」
「そうか。君も親に言われて仕方なく来たのか。」
「当り」
「政府の役人は優遇された上に、安定した人生をも保証して貰える。親の口癖だけどさ、俺の力を思い出して、いつも笑いながら言うんだ。言われる俺にとっては屈辱的だぜ。」
「まだ笑われるあんたの方がましよ。」女は悲観的言う。
「君の力って?」
「試験官にだって教えたくないのよ。それなのにどうしてあんたなんかに教えるのよ」
「お互い様か――」
「そんな事ないわよ。少なくてもあんたは、笑われるけど話せる力でしょ。私の力は、できれば死んでも言いたくないもの。根本的に違うわよ!」
「そうかな?案外君のも僕と同じでさ。笑って終るかもしれないじゃない」
「ならどんな力か言ってみなさいよ。」女が焦れて不機嫌な口調で言う。
「笑うから言わない。」男は口を真一文字にして腕を組んだ。
「試験官に笑われて、力を出し切れなくなる前に、試した方が良いんじゃない。」
「目がさ――」男が女の顔を覗き込む。
「何?」睨み返しながら問う。
「君の目。もう笑っているじゃないか。絶対教えないよ。」
男は座り直すと、腕を組んで正面を睨んだ。
「ではこれより試験の受付を行います。各自、机の上に受験票を置いてください。」
受験者は試験官の説明通りに、机上に受験票を置いた。
「今年『上組』は何人の超能力者が入所できますかね?」
「私の予知では三名と見えていますよ」
「そうですか。ちなみに何番ですかね?」
「それを教えたら試験の意味がありませんよ。」
「そうでした――」
「今、私の心の中を読みましたね」
「さぁ?何のことですか?」
「読まれた感覚はありましたよ。」
「できれば『上組』。悪くても『中組』の試験官に成りたかった――。私も一緒ですよ。そろそろ時間ですかね。」
開始の予鈴が試験場内に鳴った。
「これから原稿用紙を配ります。開始のベルが鳴るまでは触らないように。触った者は即刻失格とします。」
一人の試験官が場内へ言うと、もう一人の試験官と二人で原稿用紙を配り始めた。最後の列に配られるとほぼ同時に開始のベルが鳴った。
「それでは始め!」
半年後、某小国が、暗殺用の超能力者を、主要な国へ忍び込ませ、その国の要人の暗殺を企み実行したと、某大国から友好国の首脳に情報提供があった。
当然、既入所者の超能力保持試験を中止して『上組』と『中組』の超能力者を要人SPとした。しかし厳重な警備の中、いとも簡単に首相と大臣が暗殺されかけた。そればかりでは無く、一般の国民までも狙われていた。
大規模なテロへと発展しかけたのを止めたのは、『下組』の女性事務員と、同じく『下組』の男性所内清掃員であった。
その後の調査の結果、犯人は二人組の超能力者であった。犯人の一人は、体内で無味無臭の毒ガスを精製させ排出する超能力で、首相と大臣の側近になり暗殺を企んだ。もう一人は、やはり体内で無味無臭の水性の毒を精製できる超能力を持ち、上水道に垂れ流そうとしていた。
テロを未然に防いだ『下組』の超能力者は、清掃中に首相の傍で、毒ガスを発生させたのに気付き、瞬時にその場で毒ガスを浄化した。犯人はSPにより捕まった。そして共犯のもう一人の超能力者は、上水道へ毒の注入をしている所を、浄水場に水質検査の書類を取りに来ていた事務系の女性が見付け、守衛に通報。犯人は捕らえたが、毒は既に上水道に放出されていた為、事務の女性は上水道に入り毒を浄化させた。
『下組』の二人はその功績で、一階級特進して『中組』へと移籍が決まった。
『下十八』
自分の力は、他人の屁を具現化(特に黄色い霧状)して見える力です。駅や街中で、歩きながら屁をしている人がわかります。
何に役立つかは判りませんが、生き物の屁であれば全て見えます。またその屁に関しては、屁の臭いと屁その物を、瞬時に浄化する事ができます。両親や親戚からは笑いながら、『お前は屁能力者』だと言われて、とても悔しい思いをしています。
何とか入所して、自分を笑う両親や親戚を見返してやりたいです。
『下二十六』
私の能力は、誰にも知られたくはありません。恥ずかし過ぎるからです。実地試験もどのような試験方法になるのか、正直わかりません。
因みにですが、私の能力は透視力の変化形で、プールや温泉、海などに入っている人が、おしっこをした時に、その人の周りに黄色の液体が混じって見えるのです。そしてそのおしっこを浄化する事ができます。
家族からはプールの監視員になって、プールの中でおしっこをした人を注意して、水を綺麗にしろ。とバカにされています。
何か役に立つのでしょうか?役に立てれば、家族を見返してやれるのです。
平成二十九年八月十二日
誰でも持っているのに、気付かずにいるもの。
たとえ突出していなくても、素晴らしい力を生かす事はできる。
長い人生の中で、一度は、自分の知らないその力に助けられるのだ。
そう思い書きました。
しかし生憎作者は、それが文才ではないと自覚した作品になりました。