土下座その8
俺は走った。
森の中を無我夢中で走った。振り返れば、土蜘蛛様がすぐそこにいる気がして、怖くて、振り返ることはできなかった。
「あ」
俺は木の根に躓き、転んだ。五、六回でんぐり返しをして、仰向け状態で止まった。
そのまま空を見上げると、金色に輝く月が見えた。遮るものが何もない、満開の星空が見えた。
その事実に気づいたとき、安堵でため息が出た。
――そうか、俺はようやく『土蜘蛛の森』から脱出できたのか。
俺は起き上がり、森の方を振り返った。
森の木々は揺らめいていた。森という巨大なハコの中で何かが暴れているかのように、森は揺れていた。時折、悲鳴なのかうなり声なのか、それとも風が木々の間を通り抜けるときの摩擦音なのか、よくわからない音が聞こえた。それらの音は、森という巨大な生き物が発する生活音のように思えた。
一瞬、音がやんだ。静寂が辺りを包んだ。
俺はその静寂から逃げ出すように、再び走った。できるだけ森から遠ざかりたかった。
俺は走った。
疲れたら歩き、体力が回復したらまた走った。
疲労困憊で、身体は悲鳴を上げていた。もう、限界で、これ以上走れないと思った。
それでも俺は、走り続けた。
意識がもうろうとして、まともな判断ができない状況だった。それでも、心には畏怖が常にあった。だから、走った。
ふと気がつくと、辺りが薄明るくなっていた。立ち止まり、東の空を見上げると、太陽が昇り始めていた。
日の光をこの眼に感じたとき、なんだか目眩がして、そのまま地面に土下座の姿勢で倒れた。
そしてそのまま、俺は眠りについた。ほとんど、気を失ったように、プツリと意識が途絶えた――。