土下座その6
土下座匍匐前進で森をカサカサ進む。
後ろから土蜘蛛様が迫ってきている圧迫感がある。
ん! 足音が増えた。五匹、いや六匹いる。四方八方から迫ってきているのがわかる。くそ、どれだけ土下座させれば気が済むんだ。バケモノめ。
俺はかまわず進む。とにかく進む。出口はまだか。もうすぐ出口に違いないと希望を抱きながら進む。
俺は手のひらで小石をはね飛ばし、どんぐりを膝でつぶし、地面に生えたコケを額の瘤でこそげ落としながら出口を目指してとにかく進んだ。
気がつけば、辺りはもう完全な闇になっていた。赤い光はもうない。夜だ。月明かりに照らされて、湿った地面のコケが薄緑色に光っている。
「いたい」
指の先が硬い木の根にぶつかった。突き指した、イテテ。
俺は手を引っ込めて、進む方向を少しだけずらした。木の根は鋼鉄のように硬く、不動という言葉のイメージの最適解であるかと思えるほどに、動かざる存在感を有していた。これは避けるしかない。
「いたた」
ずらした方向の先にも木の根があった。仕方なく、さらに進行方向をずらす。その先にもまた木の根がある。木の根を避けるようにまた進行方向を変える。
そうやって、進む道を誘導されている気がした。もしかしたらこれは、罠かもしれない。そんな疑猜がよぎったが、後戻りすることもできない。ただ土下座をしたまま進むしか道はないのだ。
俺は木の根を避けながら、残された道をただ進んだ。
そして、進んだ先にあったのは――やはり行き止まりだった。
巨大な木の根がメドゥーサの頭のようにうねうねと複雑に絡み合い、行く手を阻んでいた。
この先へ進むには、大地を離れて、この木の根を昇り、進むしかない。
木の根は大蛇のように太いが、それはあくまでも大地と接する根に過ぎない。地面との落差はせいぜい五十センチというところ。土下座しながらでも乗り越えられない段差ではない。
俺は土下座の姿勢のまま、大地を離れ、複雑に絡み合う木の根の絨毯の上に昇った。
木の根の上を土下座匍匐前進で進むのは多少困難で、スピードが落ちてしまう。それでも、どうにか木の根の上を進む――あれ?
急に、身体の動きが鈍くなった。いつのまにか、粘ついた何かが身体にまとわりついている。これは、おそらく――蜘蛛の糸だ。
やはり罠だった。
土蜘蛛様はこの場所に蜘蛛の糸を張り、俺がここを通るのを待っていたんだ。
くそ、やられた。
俺は蜘蛛の糸に絡め取られながらも無理やり前に進もうともがいた。しかし、そうやってもがけばもがくほど、蜘蛛の糸は身体に絡まり、身動きが取れなくなっていく。
ああ、万事休す。俺はここで死ぬのか。
もう、助かる希望はない。そう思うと、絶望感が急に湧き出てきて、感電したようにブルッと身体が一瞬強く震えた。
そのとき、俺は光る星を見た。土下座をしているのにも関わらず、俺は確かに星を見たのだ。
複雑に絡み合う木の根の隙間の中に、光る球体が見えた。宇宙は空の上だけじゃなくて、絡み合う木の根の隙間にも存在するのだと思った。
よく見れば、それはただのホタルだった。ホタルの弱々しい光が、なぜかとても愛おしく思えた。絶望との対比だろうか。
その光は、より一層、儚く強く見えた。