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異世界で俺の土下座が役に立つ  作者: ストレッサー将軍
天狗に告げ口 ~目指せ黄金郷~
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土下座その29


「ぎゃあああああああ!」

 嵐の終わりを告げたのは、カマキリじいさんの悲鳴だった。

 俺は立ち上がり、窓から中の様子を確認した。

「い、いだ、いぎゃああ!」

 嵐の後の静けさの中にいたのは、仁王立ちをする天狗と、手のひらをおさえて悲鳴を上げるカマキリじいさんと、床から生えているカエンタケだった。

 ――なぜカエンタケが床から生えているのだろうか?

 そう思うと同時に、俺はカエンタケの色と天狗の鼻の色が似ているということに気がついた。

 どちらも、もったりとした赤色をしている。それは赤土のようでもあり、渇いて固結した静脈血のようにも見えた。

「いやいいやい。愚かなり人間よ。それは、我を毒きのこで殺そうとした報いだ。たんと苦しめ。いやいいやい」

 天狗は表情一つ変えずに、カマキリじいさんを見下していた。

 俺はこのとき、天狗が言う『報い』の意味に気づいた。カマキリじいさんは、カエンタケを手で握ってしまったのだ。

 カマキリじいさんが天狗のくしゃみに飛ばされまいとして、思わず掴んだ天狗の鼻。あれは、天狗の鼻ではなく、カエンタケだったのだ。おそらく、天狗が神通力を使って、カマキリじいさんに幻覚でも見せたに違いない。

「いやいいやい。外にいる人間。お前も隠れてないで出てこい。いやいいやい」

 ――バレてた。

 天狗は俺の方を見た。目が合った瞬間、恐ろしさで体が震えた。

 俺は全速力で神社の中に入り、入ると同時に勢いよく土下座をして謝った。

「すいませんでしたあっ!」

 俺はこのとき、隣でうずくまっているカマキリじいさんの手のひらを横目でチラッと確認した。

 カマキリじいさんの両手は、ひどくただれていた。皮膚が剥がれ、ジュクジュクとした液体が溢れ、手のひらの上で炎がくすぶっているかのように、真っ赤だった。

 本来は皮膚に守られているはずの神経がむき出しになっていて、風が当たるだけでも、激痛が走る。きっと、カマキリじいさんの手は今、そういう危機的な状況なのだろう。医学知識に乏しい俺でも容易に推測できた。

 カマキリじいさんはうなり声のような悲鳴を上げ、顔に脂汗をだらだらと流し、歯を食いしばりながら痛みに耐えていた。

「いやいいやい。お前たちの目的は何だ? 正直に答えよ。我に嘘は通じぬぞ。いやいいやい」 

 天狗様は腕を組み、仁王立ちをしたまま詰問する。

 嘘が通じないというのはどうやら本当のようなので、俺は仕方なく、正直に話す。

「クルミさんを、返していただきたく、やって参りました」

「バキッ!」

 胡桃くるみが粉々に割れたような音が聞こえたので隣を見ると、カマキリじいさんの口から粉々になった歯が落ちてきた。

 最初、何が起きたのかまったくわからなかった。数十秒考えて、ようやく理解できた。

 ――あまりの痛みに、歯を食いしばりすぎて、カマキリじいさんの奥歯が、割れてしまったのだ。

 んなバカな。

 どんだけ強く歯を食いしばれば歯が粉々に割れるんだ? ありえないだろ、そんなの……いや、もしかしたら、カマキリじいさんの歯はもともと虫歯にむしばまれていて、もともともろかったのかもしれない。そうでもなければ、歯を食いしばっただけで歯が割れるなんてことは、ありえないだろう……。

 なんにせよ、ものすごい力で歯を食いしばったことに変わりはない。それほどの激痛が今、カマキリじいさんを襲っているのだ。

 俺はぞっとした。そんな激痛、俺は絶対に味わいたくない。

「どうか、どうか許してください。お願いします。何でもしますから。どうか許してください」

 俺は地面に額をこすりつけて、涙を流し、全力で土下座をした。

「いやいいやい。いいだろう。許してやろうぞ」

「え? 許してもらえるんですか?」

 俺はあっさりと許してもらえたので、拍子抜けしてしまった。

「いやいいやい。人間なぞ、我にとってはどうでもいい存在だ。報いは受けてもらうが、いつまでも恨むなど愚の骨頂。それと、クルミと言ったか? あのむすめも返してやってもいい」

「ほ、ほんとうですか」

「ああ。ただし、それには条件がある」

「条件ですか……」

「娘の代わりにきんを持ってくるか、もしくは、このきのこ山のどこかにいる『ツチノコ』を見つけてこい。さすれば、娘を返してやろうぞ。いやいいやい」

「ツチノコを見つけてくればいいんですね」

「そうだ。あのクルミとかいう娘にも、ツチノコの探索を命じている。今もこの山のどこかでツチノコを探している最中だろう。協力して探すといい。いやいいやい」

 俺はこのとき、緊張の糸がほぐれてしまい、思わず屁をこいた。

 再三言っているが、土下座の姿勢はお尻に空気が入るので、屁が出やすいのだ。

「いやいいやい。人間よ、報いを受けよ」

 そう言うと、天狗は体を翻し、俺の方に尻を向けて、屁をこいた。

 屁――と言っても、天狗の屁は人間の屁と規模が大きく違った。それはまるで、豪雨の日の土石流のような、とんでもない勢いだった。

 俺とカマキリじいさんはその屁の勢いに十メートルほど吹き飛ばされた。

 俺は後ろ回転で転がり、木の幹に後頭部を強く打ち付けた。そして、後頭部を打ち付けた反動で前のめりに倒れ、土下座の姿勢となり、そのまま気を失った――。


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