土下座その2
俺は石でできた箱の中からとりあえず出た。そのとき、心優しいドラゴンは手を貸してくれた。鋭利な爪の生えた、ゴツゴツした手だ。
俺は躊躇したが、土下座をやめさせてくれた恩人の好意をむげにするわけにもいかず、その凶器的な手を握った。その瞬間――。
「ひ、ひやぁ!」
ドラゴンは女々しい悲鳴を上げると、石でできた箱の中に吸い込まれ、消えてしまった。
「え……? え、ええ? なに?」
突然の出来事に、驚いた。いったいどういうことなのだろうか?
ドラゴンが、箱に吸い込まれて、消えてしまった。いま、それをこの目でみたのだが、まるで夢のように、いまいち実感がない。幻だった、と言われても、やっぱりそうかと納得してしまうだろう。
「夢か……」
俺はそう呟きながらも、そんなわけないと思っていた。
夢にしては質感がありすぎる。生きている実感と、ここで死ねばおそらく永遠に目覚めることはないのだろうという確信がある。
ここは生と死が確実に存在する、リアルな世界だ。
俺はおもわずゴクリと生唾を飲んだ。
飲み込んだ生唾が、俺の喉が渇いていたことを教えてくれた。お腹が鳴り、空腹であることも知らされる。この渇きと空腹が、生きているリアルの証拠だ。
俺はそんなことを思いながら、とりあえず街を探すことにした。
今いる場所は、荒涼とした岩肌の大地だ。見渡す限り街はおろか建物もない。生き物の気配も感じられない。試しに土下座の姿勢で地面を這いつくばる昆虫がいないか探してみたが、それすらもいない。
北と東の方角には本当に何もなくて、地平線が見えるだけだ。南の数十キロ先には森が見える。西の数十キロ先には湖らしきものが小さく見えた。それは実在するのかもしれないし、オアシスの蜃気楼かもしれないとも思った。
「さて、どうしたものか」
俺はとりあえず、森の方に行けば何かしらの果実や木の実があるかもしれないと思い、南の方角へと進むことにした。
汚れたネクタイを少しだけ緩めて、スラックスを上げて傷だらけのベルトを締め直して、スーツのジャケットについたホコリを払った。
そして、土下座のし過ぎで後退したおでこをなでながら、俺は進んだ。