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異世界で俺の土下座が役に立つ  作者: ストレッサー将軍
悩める街 ~カマキリじいさんの憂鬱~
20/50

土下座その18

 俺はカマキリじいさんに街を案内してもらった。

「土下座をするうえで、最も大事なことは何かわかりますか?」

 道中、俺はカマキリじいさんに質問した。

「しらん」

 カマキリじいさんはぶっきらぼうに答えた。

 俺は気にせず続ける。

「土下座とは相手に許しを請う行為であります。ですから、土下座をする相手が許す権利を持っているかどうか? が最も重要なのです。何の権利も持っていないザコに土下座しても時間の無駄ですからね」

 カマキリじいさんは相槌を打つこともせずに、広場を案内した。

 ここが街一番の広場で、天気の良い日にはいちが開かれ、屋台が立ち並ぶ。芝生の公園も隣接しているので、家族連れがピクニックに来たり、若者のデートスポットにもなっている。ランニングコースも整備されていて、健康志向の高い人たちがジョギングをしている。ギターやバイオリンやフルートを鳴らす音楽家や風景画を描いている芸術家も多い。子供たちの笑い声が絶えず聞こえる。小鳥のさえずる声も。

 カマキリじいさんはここで開かれる古本市で本を買って、欅の木の下にあるベンチで本を読むのが好きなのだという。

 この広場は牧歌的で、調和の取れた平和な空間を作り出している。当然だが、土下座をしているような卑しい人間やホームレスの類いはいない。おそらく、そんなのはこの空間に似合わない異分子なのだろう。

 いつだってどこだって、異分子は排除され、淘汰される。それが自然の理なのだろう。

 この広場は美しい自然律ルールに守られている。そう思った。

「つまりですね、土下座をする相手さえ間違えずに決定してしまえば、あとは何も難しいことはないんです。相手が許してくれるまで、ただ土下座を続けるだけなのですから」

 カマキリじいさんは古本市の雑踏を歩き、魅力的な古本に視線を落としながら「そうか」と素っ気ない返事をした。

 俺は気にせず気にせず、自分のペースで話を続ける。

「さて、ここからが本題です。あなたにとって、土下座すべき相手とは誰になるでしょうか?」

 カマキリじいさんは俺の問いかけを完全に無視して、隣にいる眼鏡をかけたどこぞのじいさんと「この本はおすすめだ」とか「この本はいまいちだった」などと雑談をしていた。

 俺はさすがに怒った。

「ちょっと、聞いてます? あなたのために話をしているんですよ? ちゃんと聞いてくださいな」

 カマキリじいさんは睨むような目つきでこちらを見た。

「ちゃんと聞いとる。話を続けろ」

 カマキリじいさんは渋々といった様子で話を促した。

「話を続けろって。質問しているのは私の方です。続けたいのなら、あなたがまず質問に答えてくださいな!」

 俺はぷんぷん怒った。

「ああ、そうだったな。悪かった。えっと、何の話だったかな」

「だ-かーら、あなたが土下座すべき相手は誰だと思いますか?」

 カマキリじいさんは渋柿しぶがきを食べたような渋い顔で数分間たっぷりと考えてから、口を開いた。

「まず、ワシの子供を産める人でなければならんだろう。よって、年齢は四十以下になるだろうか。まあ、最近は医療も発達していて、四十代で出産することも可能になっているから、その限りではないが。それと、未婚でなければならんな。この街では不倫は罪であり、罰せられる。ワシはもう六十過ぎのジジイだから、若い子は相手にしてくれんだろう。ワシの魅力と言ったら、そこそこ貯めてある財産くらいなものだ。つまりだ、ワシが土下座すべき相手は、財産目当ての四十に近い独身女性……といったところか」

 カマキリじいさんはなぜか被害者面でため息をついた。

 この男、何もわかっていない。

 俺は憤慨を通り越してあきれてしまった。

「あなた、気づいてますか? あなたは自虐のつもりかもしれませんが、とんでもない。あなたの発言は、上から目線の勘違い発言ですよ。あなたは自覚がないようだが、あなたは世の女性を見下している。失礼だ」

「なんだと」

 カマキリじいさんは怒りと困惑の入り交じった顔で睨んできた。

「あなたは選り好みをしている。取捨選択をしている。あなたは、品定めをしている。いいですか、女性は商品じゃないんだ。品定めされるなど、侮辱以外のなにものでもない。いいですか、あなたの目的は子孫を残すことです。あなたはお願いするんです。俺の子供を産むことを許してくれと、請うのです。そして、お願いする相手は、最も強い権利を持っている相手でなければなりません。それはつまり」

 俺はここでもったいを付けて、数秒間黙った。

「それはつまり……」

 耐えきれなくなったカマキリじいさんが催促するように俺の言葉を繰り返した。

「あなたを愛してくれる人でなければなりません。子供を産むということは、とても大変なことです。一年近く、お腹に子供を宿しながら生活するだけでも並大抵のことではありません。歩くだけでも大変ですし、体調も悪くなります。つわりの気持ち悪さに耐えなければなりませんし、妊娠によって高血圧や骨粗鬆症になるリスクもあります。ホルモンバランスが崩れて精神を病むことだってあります。そして、今でこそ医療が発展して少なくなりましたが、出産には、常に死のリスクがあるのです。一昔前の世界では、出産で死ぬことは、それほど珍しいことではなかったのです。つまりは、出産は過酷なのです。愛なしでは、誰も子供など産めないのです。だから、あなたは、あなたを愛してくれる人を選ぶべきです。そして、愛してもらうためには、あなたが愛する人でなければなりません。つまりは、あなたが土下座すべき相手は、あなたが恋慕れんぼするただ一人以外、ありえないのです。自分みたいなジジイでもいけそうなひとを選ぶのではありません。財産をちらつかせれば股を開いてくれそうなひとを選ぶのではありません。それは、間違いです。女性を下に見ている愚劣な思考です。そんな、間違った土下座をしても、意味はないのです。あなたはただ、愛に向かって土下座をすればいいのです。あなたの願いを叶えることのできる最も強い権利を持っているのは、『愛』なのですから」

 気がつくと、カマキリじいさんはわなわなと震えながら、泣いていた。枯れ果てた顔のシワに、涙が吸い込まれて消えた。

「ワシが、ワシが……間違っていた」

 俺はカマキリじいさんの顔を見て思った。

 キタネェ涙だなぁ、と。

 カマキリじいさんと出会ってまだ間もないが、俺はカマキリじいさんの扱い方をほぼ理解していた。

 カマキリじいさんはぶっきらぼうに見えるが、基本はまじめで優しい人間だ。だから、それっぽいことを理路整然と話し、『愛』みたいなキレイな言葉を並べてやれば、簡単に扱えるちょろい人間だ。

 それにしても、「愛に向かって土下座をすればいい」とは、我ながら素晴らしい名言だ。くっくっくっ。

 俺は自分のワードセンスの才能に感嘆しながら、カマキリじいさんの肩に手を置いた。

 そして、恋バナをする中学生のテンションで訊ねた。

「で、あなたの好きな人は誰ですか?」


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