土下座その17
「ダミアン、またお前はペラペラと知識をひけらかしおって」
カマキリじいさんがあきれた顔でため息をつく。
「先生、僕のことは村正教授と呼んでくださいと、いつも言っているじゃないですか。もしくはマッドサイエンティストでお願いしますよ」
村正教授は頬を膨らませて子供みたいにプンプンした。
「まったく。この街で夢名を使っているのはお前くらいなもんだ。せっかくお前の親が付けてくれたダミアンという素晴らしい名前があるというのに……」
「はは、先生は相変わらず、そーいう建前の一般論を口にするのがお好きですね。僕はちゃんと知っていますよ。僕の親は先生の教え子だった。そして、僕が生まれたときに、名前をどうしたらいいのか先生に相談した。そして、先生がダミアンという名前はどうかと提案して、それが採用された。つまりは、先生が言う素晴らしい名前とは、素晴らしい自分が付けた素晴らしい名前だということですね。いやー、先生は素晴らしい素晴らしい」
村正教授はまったく悪気がない表情でイヤミを言った。いや、俺がイヤミだと思っただけで、村正教授にとっては違うのかもしれない。
「ふむ。相変わらずだな、村正教授。……両親と連絡は取っているのか?」
「いーえ。親の顔など、もう十年近く見ていません」
「そうか」
カマキリじいさんは村正教授のイヤミに対して怒るそぶりもみせなかった。それどころか、どこかさみしげな顔をしていた。
「そんなことより、僕は君に興味があるんだ!」
村正教授は急に俺の方に振り向いた。
村正教授は視力が悪いのか、眼鏡をしていた。髪は長髪で肩くらいまであった。年はおそらく二十代の後半くらいで、背が高くスラッとした体型をしていた。上には白衣を着ていて、下はボロボロのジーパンで、突っかけサンダルを履いていた。
「私に興味……ですか?」
「そうだ。君はどこから来たんだい? 街の外から来たんだろ? その格好はスーツだよね? そんな服を着ている人間はこの街にいないよ。それに、膝に穴が開いている。それと、君のそのおでこの瘤も気になる。どうしたら、そんなところにそんな瘤ができるんだい? そうだ、握手をしよう。君の名前は?」
村正教授はエサを前にはしゃぐ犬のように興奮した様子で、矢継ぎ早に質問をしてきた。
「えっと……名前は土屋白秋と申します」
俺は自己紹介しながら手を出した。我々は握手をした。それは、繋がれた手のひらを通して、俺の情報が村正教授にすべて引き抜かれたような気がするほど、がっちりとした握手だった。
「ツチヤハクシュウ? それは夢名かい? だとしたら、名字がツチヤで名前がハクシュウかな? は! 君の手のひらは分厚くて硬いね。どうしたらこんな手のひらになるんだい?」
「土下座のし過ぎ……ですかね」
「土下座? 土下座って、ひざまずいて地面に額をこすりつける行為のことだよね。あ、そうそう。敬語じゃなくていいですよ。たぶん、僕の方が年下ですし」
「はあ、そうですか。じゃあ、そうさせてもらうよ」
俺は許可が下りたので敬語をやめることにした。土下座人間は許可がない状態では借りてきた猫のようにおとなしいが、許可さえ貰えれば、礼儀なぞ守らない。
「さあ、ハクシュウ。僕の質問に答えてくれよ。さもなくば、僕に質問をしてくれ。僕は知識をひけらかすのが大好きなんだ。どんな質問疑問にも答えてあげるよ。さあさあ」
村正教授はチェシャ猫のように笑いながら顔を近づけてくる。
変な性格の印象が強すぎて今まで気づかなかったが、近くでよく見ると、村正教授はなかなかのイケメンだ。
鼻筋がキレイに通っているし、目は切れ長で、青い薔薇のようなきらめきがある。アゴのラインはシャープで、その割に口が大きい。笑うと三日月のようになり、白い歯がキラリと光る。肩まである髪は薄緑色で、天然パーマなのか、軽くウェーブがかかっている。
男の俺でも思わず「おお」と言ってしまうほどのイケメンだ。
「村正教授。お前も仕事があるんだろう。ワシらも用事があるんだ。その辺にしておきなさい」
俺と村正教授の間に割って入り、カマキリじいさんが村正教授の興奮をなだめた。
「ちぇ、そうでした。僕は大変忙しい身なのです。さっき呼び出しがあって、大事な話があるから『研究所』にはやく来いと言われていたんでした。それじゃ、僕は失礼します。先生、ハクシュウ、また」
そう言うと、村正教授はなぜか鼻歌を歌いながら、テコテコ歩いて『研究所』へと向かった。
我々はそれを、なんとなく見送った。




