土下座その13
「貴様、何を言っているんだ……」
俺は顔をあげて、カマキリじいさんの顔を見た。
カマキリじいさんは困惑した表情をしながらも、その目は輝いているように見えた。
「土下座して、お願いすれば、今からでも間に合います。あなたは結婚できます」
「う、嘘だ。こんな老い先短いジジイと結婚してくれる女性など、いるはずがない」
カマキリじいさんは現実と希望の狭間で揺れ惑う乙女みたいな仕草をした。正直キモチが悪かった。
「大丈夫です。土下座を信じてください」
「信じろと言われても……もしかして、貴様が言う土下座とは、魔法か何かの隠語なのか? 特殊な力で、相手を虜にしてしまう力があるとか?」
「いえ、土下座にそんな力はございません」
「じゃあ、なぜそんなに自信満々なんだ」
「私は土下座を信じているからです。大丈夫」
俺は曇りのない眼で答えた。
「……ワシにもできるだろうか」
カマキリじいさんはそっぽを向きながら訊ねた。
「はい。大丈夫です。土下座に難しいことは何もありません。土下座に必要なのは、プライドを捨てることと、自分のことだけを考える利己心、それと根気だけです。要は、相手が折れるまでただひたすら土下座を続ければいいのです。相手に負い目を感じさせればこちらの勝ちです。私のせいでこの人は長時間の土下座を強いられていると、理不尽な錯覚を相手に抱かせればいいのです」
「ひ、卑怯じゃないかそれは」
「卑怯なもんですか。このような下劣な駆け引きは、世界の至る所で行われています。土下座に限ったことではありません。土下座は、勝つか負けるかの根気勝負です。根気よく土下座を続けて、相手が折れるのが先か、あなたが死ぬのが先か、それだけです」
「し、しかし、今更土下座なんてしても……。それに、もしかりに成功したとしても、老い先短いジジイと結婚なぞしたら、相手がかわいそうだし……若くして未亡人になるわけだろう。子供だって父親なしでやはりかわいそうだ……」
「何を言っているんですか。相手がかわいそう? そんなこと言って何もしなければ、あなたがかわいそうになるだけですよ? 老い先短いんでしょ? それなら、やってみればいいじゃないですか。後は死ぬだけなのだから、いまさら失うものなど何もないじゃないですか。うまくいくかどうかは別にして、とりあえず土下座を試してみればいいんです。それでもしダメでも、現状と何も変わらないだけです。やってみる価値はあるはずです。それとも、何もせずにこのまま死にますか?」
「う、うーむ」
カマキリじいさんは白いあごひげをかまいながら唸った。
「まあ、ゆっくり考えてみてください」
俺はここであえて引いた。いったん、一人で考える時間を与える必要があると判断した。
「ご飯でも食べながら、一度ゆっくり考えてみてはどうでしょうか」
そして、しれっと、ご飯の催促をした。
「ああ、そうだな。言われてみれば飯時だ。今、食事の準備をしよう」
作戦成功。俺は久しぶりに飯にありつけた。




