土下座その11
カマキリじいさんは豪快にくしゃみをした。飛沫が飛ぶ。汚い。
「たくさんの問題を抱えているんですね」
俺はテキトウに相槌を打つ。お腹が空いた。何か食べたい。
「ああ、そうだ。問題だらけだ。その中でも、一番の問題は何か、貴様はわかるか?」
「ええ、ああ、はあ、なんですかね。お腹が空いていることですかね」
俺はテキトーに答えた。
「そうだ、一番の問題は、ワシに子供がいないということだ」
カマキリじいさんは悲しそうな顔で下唇を前に突き出した。
「独身ですか」
「うむ。恥ずかしながら、齢六十五にして、独り身なのだ」
「それは、まあ」
それは、まあ、としか言うことがなかった。
「ワシはもう、長くはないだろう。ワシが死んだら、みなワシのことなど忘れてしまうだろう」
「親戚とか友達いないんですか」
特に意味もなく聞いたのだが、この質問がカマキリじいさんの逆鱗に触れてしまったらしい。
カマキリじいさんは急に立ち上がり、座っていた木の椅子を持ち上げて、壁にたたきつけた。
ドン! という、心臓を打つ音が響く。
俺は思わずひるみ、頭を抱えて縮こまった。
「そういう意味ではない! 子孫を残さない者はみな、すべての記憶から消されてしまうのだ。それが、この世界のルールなのだ。そんなこともしらんのか貴様!」
「すいません」
気がつくと、俺はベッドから降りて、土下座をしていた。もはや、反射の所行である。




