38、イライラ
「八季……なんでここに、」
「久しぶりね、あなたの大好きな八季お姉さんだよ~」
そう言って七羽と瓜二つの姉である佐倉 八季がサクマにゆっくりと近づいていく。
近づいてくる八季にサクマは、七羽が近づいてきているのだと一瞬錯覚してしまう。
が、頭を二回大きく振り回し、その錯覚を頭の外に追い出す。
それもそうだ。
髪型、身長、顔のパーツの全てにおいて全くと言っていいほどほぼ同じ。
声色は違うかもしれないが、初めて見た人ならば確実に同じだと誤解するほど似ている。
そんな瓜二つの姉妹でも違うと言えば、性格と胸の大きさだろうか。
七羽はおっとりとした、全世界が、いや、全宇宙が認めるほどの完璧で完全な姿の妹であるのとは逆に、八季は何においても攻撃的で何事においてもガンガン行こうぜ!な性格なのだ。
ある意味世界のどこにいても一人で生きていけるような押せ押せキャラとでも言えばいいのか。
あとは、胸の大きさだったな。
妹の七羽と違って姉の八季は、まぁその……うん、小さい方だと思う。
いや、小さい……というか、ある、のか?
裸を見たわけではないから断言はできないが、まぁ小学生のころから変化が無い様な気がしなくもない。
喜べ、本作読者の無いもの好きの諸君。
ようやくの登場だ。わが姉こそ、その境地に至る者よ。
崇め奉れ。
とまぁ脳内一人言を言ってみただけだ。
気にするでない……
そんでついでにどうでもいい情報だが、俺は「無い」より「有る」方が好きだ。
なお大きい方が好ましい。
が、御堂とか日花は大きすぎると思ってはいる。
けど、あれはあれでめっちゃ柔らかいのなぁ……
でもアレだ、勘違いするなよ!!
俺は七羽のが一番なのだよ。
あのサイズ感 (ちゃんとは知らん)、形 (ちゃんとは知らん)、重さ (ちゃんとは知らん)、全てにおいてパーフェクトな完全物質をもっているのが彼女だけなのだ!!
ってイカンイカン!
今はそれどころではない!!
どうでもいい方向に思考が飛んだが、俺は今めちゃくちゃイラついているのだ。
七羽とのせっかくのイチャイチャタイムを邪魔されたんだからな。
見てみろ。
隣の七羽も驚きと困惑で固まってしまっているじゃないか。かわいそうに。
七羽の肩を俺の方に抱き寄せ、近づいてくる姉に怒りの声をぶつけ返す。
「んなこと言ってねぇだろ!だからなんでここに居るんだって言ってん――!!」
「んっ、んん……」
「――っだぁーーー!離れろっ!!意味わかんねぇよさっきから! なんでいきなりキスなんだよ!」
「え? いきなりではないでしょう? ちゃんと挨拶してからキスしたわ。いや、むしろ今のも含めて挨拶と言うべきかしら」.
「なんだその開き直りはっ!! クッソ、話になんねぇ、行こう七羽。ここに居ると頭のおかしい奴のバカがうつる」
「えっ? あの、兄さん。急に帰るなんて――」
七羽の手を引き、俺は来た道を引き返す。
なんでか七羽の腕に抵抗を感じるが、今は構ってられない。
あんな奴とこれ以上いっしょにいることなんてできるかっての!!
屋上の扉に手をかけ、重さを感じさせないほど思い切りたたきつけるように開いた瞬間だった。
「私ね、来週からここで教師をすることになったから。よろしくねサクマ、と、ついでに七羽ちゃん」
「―ッツ!!」
ガンっ!!!
後ろから聞こえた八季の声は、扉を閉める音よりも大きく響き、俺の耳に残った。
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最悪だ。
まさか八季が帰ってくるなんて……
いや、それよりももっと最悪なのはせっかくの二人きりのデートを邪魔されたこと。
七羽も多分同じことを思っているだろう。
でも、七羽は優しいから口には一切出さない。
嫌だとか、最悪だとか、そういった言葉は一切……
屋上から無言で階段を降りる二人の足音に混じって、先ほどの八季の言葉だけが頭痛のように頭に響く。
「「ここで教師をすることになったから」」
何かに集中していないと不意にその言葉が俺の頭の中に突き刺さってくる。
これから毎日あいつに会わないといけないってのか!
なんだよそれっ!なんかの病気かよクソったれっ!
ただただイラついてしょうがない。
何がって!?
八季にもだけど、一番は自分にだよ、自分に!!
一瞬とはいえ、こちらに向かってくる八季の姿に最愛の七羽を幻視してしまったこともそうだ。
何よりも一番許せなかったのはキスされて、一瞬……マジでほんの一瞬だけ、「心地よい」と感じてしまったことだ。
「クソっ!!」
学校に行こうといったあの時の自分にイラつき……
自分の節操のなさにイラつき……
七羽がいるにも関わらず他の女に…しかもあの八季にキスされてしまったことにイラつき……
それを一瞬でも受け入れてしまったことにイラつき……
今までこんなにもイラついたことがあるだろうかと思うほどイラつき……
「兄さん……あの、えっと、大丈夫ですか?」
俺は――
「大丈夫じゃねぇよ!!」
俺は、
気が付けば七羽に八つ当たりをしてしまっていた。
「あ……」
「あ、いや、違うんだ七羽。ごめん、そんな、その、怒るつもりはなかったんだ」
とっさに出るみっともない言い訳。
「ただ、その、ちょっとだけ考え事しててさ、そしたらさ――」
「大丈夫ですよ兄さん……私は大丈夫です」
俺の言葉を遮るように、静かに七羽の口から言葉が溢れ出す。
「それよりも、兄さんは大丈夫ですか? 辛いんじゃないですか? 苦しいんじゃないですか?」
「いや、それは、別に苦しいわけじゃ――」
「俺が学校行こうなんて言わなければこんなことにはらならかったのに」
「―え?」
「俺がもっとしっかりしてれば、八季のキスも許さなかったのに」
「七羽?何を――」
「俺がもっと優しければ七羽に八つ当たりなんてしなかったのに」
「………」
「そう、思ってませんか?」
「別に、思ってなんか」
「ならなんで、そんなに苦しそうな、痛そうな顔してるんですか?」
「……して、ねぇよ」
「そう、ですか。じゃあ、これからすることは私のわがままです」
「何が――」
俺は七羽にキスされていた。
俺の身長に少し足りない背で必死に背伸びをして、
首に回した腕でしっかりと俺を抱き寄せて、
それこそ本当にわがままじゃないかと思うくらい長い時間、
息も絶え絶えになりながら七羽はキスをし続けた。
1分だろうか、5分だろうか、それとも10秒だろうか。
不思議と俺には苦しさはなかった。
名残惜しそうにゆっくりと離れる唇。
「兄さん、私のわがままを聞いてくれてありがとうございました」
腕を解いて離れた七羽は、顔を真っ赤にしながらも俺を気遣ってくれる。
「あぁ…ごめん。ありがとう」
「ダメですよ兄さん、ごめんは余計ですよ!」
「そうだな。ごめ……じゃなくて、ありがとうな」
「よしよし、それでいいんです」
なんというか、俺の中の苛立ちはいつの間にかすっかりとなくなっていた。
同じキスなのにこんなにも違う幸せなキス。
眠った姫を起こすには王子様からのキスが必要だという童話があるが、あれは童話だけの話ではないらしい。
怒りに狂った俺の心をキスで沈めてくれたのだから。
まぁ配役が逆なのはご愛敬ってことで許してくれ。
いつかは俺が、その役になれるように頑張るからさ!
さて、火照った脳も落ち着いたし、いつまでもウジウジと悩んでいても仕方がない。
それにまだ七羽とのデートは終わっていない。
「なんだか変な感じになっちゃったけど、まだ、俺に付き合ってくれるか?」
「もちろんです、行きましょう兄さんっ!」
さっきのあの出来事が嘘であったかのように、二人で手をつないで校門までゆっくりと歩いていった。
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「いやぁ~逃げられちゃったわね。でも、今日はまだ終わってないのよサクマ。それに七羽ちゃん」
八季は、屋上の鉄柵の網越しに校門を出る二人を見つめていた。
顔には微かに笑みをたたえて……
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そんでもってお忘れだとは思うが、この二人も実はまだまだ尾行を継続中だった。
「やったわねマモルちゃん、なんか知らないけど校門から二人が出てくるとこにちょうど出くわしてさ!これで尾行が再開できるってものよ」
「うへっ……メロンソーダ……二人飲み……おでこがくっていて…て」
「おいこら御堂マモル、しっかしなさい!! 私たちがやらなくて誰がこの尾行を続るっていうのよ!!」
「始まって早々にあんな…あんなものを見せつけられて、これ以上何を見ろっていうんだい? 二人のキスシーンか?それとも男女が裸で交わるあの伝説の行為か!? 言ってみろ華渕 日花っ!! これ以上何をみるんだよぉぉぉ~、うえぇぇ~~ん」
尾行を続ける二人は今、カオス突入中であった……




