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36、俺は俺の心中で愛を語る

 朝からがっつり系ながらもうまい朝食だったせいもあってか俺はぺろりとそれを平らげて、小さな口で一生懸命パンケーキを食べている七羽を正面から眺めている。

 これぞ贅沢の極み。

 女神が可愛らしく食事をぱくつくところを見られる幸せ以上に幸せなことなんてあるのだろうか。

 おそらくないだろう。


 あるとしたら、七羽が俺に好きだと言ってくれた瞬間とか、キスしたときとか、弁当作ってきてくれた時とか、一緒に散歩しているときとかとかとかとか……

 うん、まぁ無いというのは言い過ぎだったな。

 とにかく、七羽に関することならすべて幸せになれるということなのだ。

 それでいいじゃないか。


 幸せそうにパンケーキを頬張る七羽を眺めていると、それに気が付いたのかにこりと笑って少し大きめに切ったものを俺の方に差し出してきた。


「はい、にいさん。あ~ん」


 なんて可愛い眼差しでやられたら断る理由が一切ない。

 華渕や御堂だったらやりかねないから注意が必要だが、これが毒でも七羽からの「あ~ん」だったら俺は残さず食うぞ!

 まっ、七羽がそんなことするわけないんだけどな。

 ってことで、遠慮なく俺はそれにしっかりとかぶりつく。


「あ~むん。……うまいなこのパンケーキ!しっとりふんわりで甘すぎなくていい。俺もたのもうかな」


「おいしいですよね! よかった、兄さんもおいしいって言ってくれて! あの、私には少し多いみたいなので一緒に食べて頂けると助かるのですが、でも残り物なんて嫌ですよね?」


「七羽からもらえるもので嫌なものなんか一つもないよ! あ、そうだ。残り物がっていうのが気になるんだったら俺が食べる分をさっきみたいに食べさせてくれないか?それでどうだ?」


 我ながらいきなり気持ち悪いを言ったもんだと思いはしたが、七羽からの「あ~ん」を何度も味わえるんだと思えばなりふり構ってはいられない。

 普通であればドン引き確定の俺からの申し出に、七羽はまたもにっこりと笑って「あ~ん」とパンケーキを差し出してくる。

 引かれなかったこともそうだが七羽の優しさにそれはもう嬉しくなって、勢いよくかぶりつく。


「うまい! 七羽のあ~んで食べる食べ物は世界一美味しいな!」


「もう、兄さんは大げさすぎます」


 そんなこんなで、二人でキャッキャウフフしながら食べる朝食は最高の一言だった。

 前までこうして二人きりで食べていたのが懐かしい。


 残りのパンケーキもあっという間に俺の腹の中に納まると、最後に食後のコーヒー(俺はミルクのみ入れる派)も楽しみ、仲良く席を立つ。

 もちろん立ち上がる時も七羽の椅子の出し入れは忘れない。


 カウンター越しのオーナーに会計をお願いすると、入ってきた時と変わらない優しい笑顔で「はいよ」と答えてテキパキと処理を済ませていく。

 会計も終え、オーナーにご馳走様でしたと伝えると、「いやいや、こちらこそ朝から胸焼けするほど甘いモンイチャイチャをご馳走様」と言われて、またも二人で顔から火を出すのだった。




 入ってきたとき同様に軋むドアを押し開けて外へ出る。

 やはり屋内とは違って外の空気は澄んでいて気持ちがいい。

 自然と大きく体を伸ばしてしまう。


「さぁて、腹ごしらえも済んだからどうする? 七羽が行きたいとこならどこでも付き合うぞ?」


「えっと、じゃあ前から考えていたところがあるんですけどいいですか?」


「ん? あぁ、いいぞ。じゃあ早速行くか! んでどこなんだ?」


 一歩二歩と先を歩いて行った七羽はくるりと後ろを振り向き鼻先に人差し指を当て「着くまで秘密です!」とポーズをとった。


 かっわいいなぁ!

 この世のものとは思えないくらい可愛いなぁオイっ!

 俺が気にする行先なんてどうでもいいぜ!

 俺は七羽に黙ってついていく!!




 *********



 で、たどり着いたのはシルバーアクセサリーショップだった。


「なぁ七羽? 本当にここでいいのか?」


 と俺は率直な疑問を投げかける。

 だって見てみてくれよ、周りの様子を……


 店内に入って右を向けばドクロが中指を立てて「DEATH」という五文字を掲げるタペストリーが飾られており、左を向けばいったいどうやってつけるのかが謎の作りのごつい指輪があり、正面を向けば厳つい顔の男たちが入ってきた俺たちを射殺さんばかりに睨むという光景が広がってるんだぞ……


 若干雰囲気にのまれ引き気味の俺に、七羽はしっかりと「ここでいいんです!」と簡単に答えてくれた。

 七羽がここまで自信をもって言っているんだから間違いはなさそうだったので、俺は突き刺さる視線を気に留めないようにしつつそのうしろをついていく。


「ここです」


 そう言って立ち止まった七羽の目の前には周りのものより小さめのガラスのショーケースがあった。

 そしてその中のあるものを指さして、「どうですか?」と俺の顔を覗き込んでくる。


「………あぁ」


 ショーケースの中にあったのは小さなハートの形が彫り込まれたペアリング。

 二つのリングが合わさると一つのハートになるというありきたりなものではあるが、周りのファンキーなものとは明らかに違う繊細で細やかなデザインのものだった。


「あの……兄さんはあまりお気に召しませんでしたか?」


「そんなことはないよ。いや、ただこの雰囲気の中にというか商品の中にというか店の中にこんなに繊細なものがあったのが驚きでさ。七羽に似合う可愛いリングだと思うよ、俺も気に入った!」


 マジマジとそのリングを見すぎていた所為で七羽は俺が気に入らないのだと勘違いしてしまった様だったが、そうではないと伝えてあげると嬉しそうに俺の手を取りレジの方へと突き進んでいく。


「すみません店員さん、あのケースの中のリングをワンセットください!」


「……はいよ」


 ガッチガチのムッチムチなスキンヘッドお兄さんに何のためらいもなく話しかける七羽。

 彫り込まれたように深い眉間のシワをさらに深くしてショーケースの中からリングを二つ取り出すと、俺の方に空いた手を突き出してきた。


「……」


「……あの、なんでしょう、か?」


「……て」


「へ?」


「へじゃない、手だ。指のサイズを測る」


「へ?あ、あぁ。すみません、お願いします」


 ごっつくてでかい手でサイズを測る為のリングを嵌めたり抜いたりしていく。


「もういい、次はあんただ」


「はい、お願いします」


 そう言って手を差し出す七羽の指のサイズも測り、イカついお兄さん?はカウンターの奥に下がっていった。


 多分指輪の調整をしに行ったのだろうと思い、時間つぶしの為に怖いお兄様方が沢山いらっしゃる店内を七羽と二人でうろついていること数分、先ほどのイカついお兄さん?が指輪が二つ入ったケースを俺達のところまで持ってきてくれた。


「サイズはいいとは思うが一応確認してくれ」


「ありがとうございます。ではさっそく」


 そう言って二つある中の小さい方を手に取ると七羽の手を取り、すらりと伸びた綺麗な薬指に嵌めてやる。

 指輪はどこにも引っかかることもなくすんなりと指に馴染んだ様だった。


「痛くなかったか?」


 少し頬を赤くした七羽は俺の問いにしっかり「はい」と答えてくれた。


「うん、よく似合ってるよ」


「ありがとうござます!じゃあ私も……」


 七羽も残りの指を手にとって俺の薬指にそれを通した。


「とてもよく似合ってます!」


「あぁ!そうだな。ありがとう七羽」


 二人で少し照れ臭くなっていると、パチパチと周りから拍手が聞こえてきた。

 ハッとしてあたりを見回すといつの間にかギャラリーができていて、その中心で俺たちはプロポーズじみたことをしてしまっていたらしい。


「よくやったな坊主!俺はおまえを祝福するぜ!」


「ぃよっ!! お似合いだねお二人さん!」


「末永く幸せになっ!」


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」


「若いっていいねぇ…俺もあと10年若ければあんな娘と……」


「俺だって俺だって俺だって俺だって俺だって俺だって……」


「……これが勝ち組、ってやつか。……フッ、負けたぜ」


 周りから祝福の声とこの状況をうらやむ声となんだか怪しい声が聞こえてくる。


 祝福は受けよう、ありがとうございます。

 うらやむのも仕方ない、七羽は超絶可愛いし。

 誰だハァハァしてる奴は!今すぐ出てこい!


 なんやかんやとよくわからないが、ともあれ誰かに祝福されるという事は正直に嬉しかった。

 急激に恥ずかしくなり顔を真っ赤にして手で覆ってしまった七羽に代わり、恥ずかしくなりながらも周囲のヤンキーな方々にペコペコと頭を下げつつ「あざっす、あざっす」と連呼することで感謝を表す俺だった。



 そうしてひとしきり騒いだ後、ヤンキーさん達に見送られながら店を後にした。


 あ、そうだ。

 ペアリングのお代はどうしかったってとこが気になってる人もいるだろから言っておくが、お金は払っていない。

 あの騒ぎに乗じてお金を払わずにすんだ……というわけではなく、イカついお兄さん?(店主だったらしい)がタダで譲ってくれたのだ。


 なんでもあの店に、趣味で作った自作の指輪をいくつか飾っていたらしい。

 で、今回もらった指輪もその中の一つだったらしく、


「値段をつけて売りつけるほどのものでもねぇ。俺からの婚約祝いだと思って貰ってやってくれ。その方が指輪も俺も嬉しいからな」


 と、見た目とは反した優しい一面と男気を見せてくれたのだ。


 人は見た目によらないなと今日ほど思ったことはないかもしれない。

 怖い怖いと目を閉じてしまっていては周りは良く見えない。

 しっかりと自分の目で見て判断しないとなと心からそう思った。




 いやぁ、最後にいいこと言ったなぁ~俺!

 みんなメモしてもいいからな!
























 ×××

「ようやく見つけた……朔真。いま、行くからね……」

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