35、デートっていいもんです
朝。
とぉぉぉぉっても気持ちのいい朝。
こんなに気持ちのいい朝の道を歩いたのはいつぶりだろうか。
七羽と二人っきりの朝の時間。
いつもと変わらないつまらない道のりがこんなに美しく見えるなんてなぁ。
俺はなんて幸せなんだろうか。
それに今日の七羽はいつもの100倍……いや、1万倍、いやいや、数字や大きさで表すのもどうかと思うほど可愛い。
今日の七羽のコディネートテーマは「華」とか「美」とかに違いない。
綺麗な黒髪は淡く青色がかったシュシュでポニーテルにまとめられ、美しいうなじをいつも以上に美しく演出している。
それに私服も素晴らしい。
シュシュと色をそろえての淡い青を基調としたワンピースで、両肩にはちょっとしたアクセントととしてピンクの花飾りがついている。
そして何より素晴らしいのは、それを着こなす七羽だ。
色付きのリップだろうか、薄くピンクに色づいた唇もとてもイイ!!
デートってなんて素敵な響きなんだろうか。
言葉の響きだけで幸せになれます。
今日は何度でも幸せ幸せと連呼してしまう。
あぁ……幸せ……
の、はずなのだが気のせいだろうか……
この幸せな時間に七羽のみを見つめることを許された俺の目の端に、二つの顔見知り風な女性の姿が一瞬見えた気がしたのは……
気のせい……だろうな……
んなバカな話はないだろう。
誰が好き好んで人のデートを覗き見るというのか。
ブンブンと頭を振り回し、湧いて出た微妙な感情とちょっとの不安を一気に振り払う。
で、隣を歩く七羽に視線を向ければ……
あら不思議、あっという間に幸せの花が脳に咲く。
いつも以上に一段と綺麗になった七羽が俺の熱い視線に気が付いたようで、ちょっとだけはにかみながら上目遣いに顔を向けてくる。
「あの、兄さん。その、おかしく……ないですか?」
「まったくおかしくない! いつも可愛くて綺麗だけど、今日はそれ以上に可愛くて綺麗だよ。おかしいとか言うやつがいたら俺がそいつの頭を粉砕してやるから心配するな!」
そう言って音速のパンチを目の前の何もない空間に乱打する。
それを見た七羽はクスクスと上品に笑いながら「ほどほどにしてくださいね」と俺に笑顔を向ける。
そんなたわいもない話をしながら歩いていると、あっという間にお目当てのカフェの前までたどり着いた。
少しくすんだ茶色いレンガ造りの壁に、濃い緑の看板と屋根が大樹を思わせるような外見。
少し重めで開閉のたびに軋むドアをゆっくりと押し開けて店内に入る。
「いらっしゃい、席なら好きなところに座ってね」
たぶんこのカフェのオーナーであろう初老の男性が、空いたテーブルを丁寧に拭きながら席をすすめてくる。
朝早いからだろうとは思うがまだ客は少ない。
俺は七羽より一歩先を歩き、窓際の景色がよく見えるテーブルに向っていくと、
「お嬢様、どうぞこちらへ」
テーブルに入り込んだ椅子をスッと手前に引き出して俺のただ一人のお姫様を迎える。
七羽は少し恥ずかしそうにしながらも可愛い笑みを浮かべて、「ありがとうございます」と言って座った。
座って一息ついた七羽を確認した俺も空いた椅子を引き出して正面に座る。
俺が上着を椅子に掛けていると七羽が「何にしますか?」と微笑みながらメニューを差し出してきた。
「そうだなぁ……」
ペラペラとページをめくり、最後の裏表紙まで流し見る。
再び表紙に戻って、定食のページを開いてトントンと今日のおススメのところを指さす。
「朝からがっつり系にしようかな。「今日のおススメハンバーグ定食」だな! 七羽はどうする?」
「そうですね、私はパンケーキセットで、飲み物はホットのレモンティーにしようかと思います」
「了解。すみませ~ん、注文いいですか?」
「は~い。えっと、ご注文は?」
オーナー自ら伝票を手にして注文を聞きに来たので、先ほど決めたメニューを伝える。
それを手早く書き込み「他には?」と聞いてきたが、以上ですと伝えると人の良さそうの笑顔で「少し待っててね」とカウンターの奥に消えていった。
料理を待つ間、七羽と最近の家のことやドタバタしていたことなどのたわいもない話をしていた。
するともう料理が出来上がったのか大きめの盆に乗った俺のハンバーグセットと七羽のパンケーキセット、それとすこし大きめのグラスに入ったメロンクリームソーダにストローが2本刺さったものが運ばれてきた。
「あの、このメロンクリームソーダは頼んでないですよ?」
俺がそうオーナーに告げると、俺と七羽を交互に見てからにんまりと笑って、
「サービスだよ。 今時彼女の椅子引いて座らせる若い子なんてそうそういないからね。お嬢さんもいい彼氏に出会えてよかったねぇ。まぁそういうことだから気にしないで二人でもらってやってくれないかな」
そう言われ、一気に顔が赤くなる俺と七羽。
彼女……あえて他人からそう言われるとなんだか照れてしまう。
自分ではいつも彼氏面してるくせにだ。
後頭部をポリポリと掻きながら「ハハハ」と笑う俺を見た七羽も同じような表情をしていたに違いない。
「なら遠慮なく頂きます。ありがとうございます!」
「そうだな。若いうちはそういうとこはきっちり貰っとけばいいんだ。お嬢さんも遠慮しないでな」
「はい、ありがとうございます」
俺と七羽がぺこりと頭を下げると、オーナーは「冷めないうちにメインもどうぞ!」と言って笑顔でカウンターに戻っていった。
その姿を最後まで見送ると、早速俺と七羽はテーブルの上の食事に手を付けるのだった。
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――とあるカフェの向かいの自販機の裏
「んな、ななななななな何よアレっ!! 見たっ!? ねぇマモルちゃん見たよねっ!? ってか今もホラっ見えてるよね!! 何アレっ!!」
「見えてますよ……はっきりしっかりと……。たぶんメロンクリームソーダでしょうけど二人で飲んでますね……ひとつのグラスに二本のストローで見つめあいながら手を握り締めて……ついでに言えばオデコまでくっつけてますね……ふへっ……ふへへへ……」
「ショックすぎて一人で壊れてる場合じゃないわ! 止めるわよっ!あんなのズル過ぎる!尾行開始早々にやってくれたわね七羽ちゃん!」
自販機裏で謎の声を発しながら笑う御堂をズルズルと引っ張ってカフェの方へと猛進していく日花。
が、そこで邪魔が入る。
もはやこのパターンはある種の定番ともいえる。
「あれ? 二人が一緒なんて珍しいな。ってか何してんの?二人でサングラスに帽子にロングコートでさ。ペアルック?」
「ぎ、銀田…んな、なななんでここに?」
「日花ちゃんなんでそんなにどもってんだ? あ、わかった!もしかして尾行とか? なんちゃって」
「ビビビビビビビビビコウとかそんなわけないじゃんっ! あはっあははははは! ……あ~そうだ、これからエステの時間だったわ! それじゃあね銀田!!」
「ふひへへっ……はへへ……」
意味の分からない言葉と嘘か誠かエステに行くという言葉を吐き捨てて日花と御堂は狭い路地に消えていってしまった。
「なんだったんだ?」
背中を見送った銀田はぽつりと呟いてスタスタともとの散歩コースをゆっくりと歩きだした。
明けましておめでとうございます。
2019年もよろしくお願いしますね~!




