34、幸せは突然に
気が付いたら朝になっていた。
いつ寝たのかが自分でもよくわからない。
とはいえ、実に清々しい朝ではないか。
たぶんベッドの質が今までの数倍良くなったからであろう。
御堂を散々非難しておいてなんだが、ベッドについてはグッジョブと言わざるを得ないだろう。
それにこの枕も秀逸だ。
ほら、こうやって頬ずりすればフワッフワでプリップリの柔らかい感触が――
――が?
ん? 待て。
自分で言っててアレだが、フワッフワはまぁ良しとしよう。
プリップリ?
ん?
身をお越して頭の下の枕を改めて確認する。
「なぁんだ。やっぱりただの太ももじゃないか」
「…………太もも?………フトモモぉぉぉぉ!?」
はい、パニック!
一度横たえた身を全身のバネを使って思いっきり起こそうとする。
が、起き上がったのはほんの数ミリ。
あ、もうわかってる人はわかってるよね。
そう。
俺の女神である七羽が、頭をそっと撫でてくれたからだ。
「兄さん、おはようございます」
「おはよう七羽。 なんでここに? っていうか膝枕……」
「朝になって兄さんを起こしに来たのですが、兄さんの部屋の扉の前に笹塚さんがいらっしゃったので、兄さんのことを伺ったんです。そしたらこちらに居るということでしたので…… ダメ、でしたか?」
「ダメなもんあるか!! 七羽の膝枕がダメなら、この世のすべてがダメなものだらけだ!」
「フフッ……ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです」
あぁぁぁぁぁ!!
笑顔が眩しいっ! カワイイっ!!もう死ねるっ!!
もうほんっと、グッジョブ笹塚さん!
昨日はクソみてぇなジジィ…………ぅおっほん!
訂正。
ちょっとおちゃめなおじ様かと思ったが、今回はいい仕事してくれたよまったく!!
心の中で燕尾服を着た紳士なおじさまに合掌しつつも俺は魅惑の膝枕を後頭部でこれでもかというくらい堪能する。
あぁ、いっそのこと俺の頭とこのフトモモがくっついてしまえばいいのに……(意味不明)
トリップしかける脳を何とかこの場に留めている状態の俺に、七羽がそっと話しかけてくる。
「そう言えば兄さん?」
零れ落ちそうな程に溢れ出すよだれを口の中に押し戻し、キリッと笑顔で七羽の方を改めて見上げる。
「ん?なんだ?」
「その、今日は久しぶりに二人でお出かけしませんか?」
「…………あぁ、別にかまわないけど、みんなの予定を聞いたのか?」
とっさに返した俺の言葉に、七羽は頬を膨らます。
「みんなは関係ありません! 私は、兄さんと二人っきりでお出かけしたいんです」
「へ? 二人きりで?」
いきなりの申し出に頭が回りきらない俺は、もう一度七羽に聞き返す。
すると七羽は、頬をほんのり赤く染め少し俯き加減に、
「もう……何度も言わせないでください。恥ずかしいんですから……」
「ご、ごめん。その、デートのお誘いってことでいい……んだよな?」
「うぅ……ですから、その…………はい」
ぅオッケぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇイ!!
ついに俺にもサクラ満開の春がぁぁぁ………キタぁぁぁぁぁぁぁ!!
えっ、なにこれ?夢なの?現実なの?異空間なの?異世界なの?
いやいや、現実ですよ現実!!
げ・ん・じ・つぅぅぅ!!
マジかコレ!
七羽様からのデートのお誘いですよ!
昨日までの俺の生活はいったいなんだったんだ。
生きていく価値すらないのかと思う程に絶望まみれだったぞ。
だが、否、しかし!!
女神は常に俺の近くに居たのだ!!
最強で最高で究極で完璧な女神、マイスウィートビーナス・七羽様は常に私を見ていて下さったのだ!
もうこれ以上の喜びはない。
死ねる!!今回ばかりはマジで死ねる!!
あぁいや、ダメだ。
これから七羽との楽しい楽しいデートなのだ。
何があっても死ねん!!
どっちだよって?
どっちでもいいじゃないか、そんな些細なことは。
俺はこれから天国に行くんだからな。
なんて、小汚い脳内妄想は一切表には出さず、俺は紳士的な答えを返してやることにする。
「ありがとう七羽。最近はいろいろなことがありすぎて中々一緒に居られなかったから、俺も七羽と二人きりで過ごしたかったんだ。じゃあ、早速二人で出かけようか。どうせなら朝食もどこかのカフェで食べようか」
俺の言葉を聞いた七羽は満面の笑みで俺に向き直り、
「はいっ!そうしましょう!それでは私は着替えてきますので兄さんも準備してくださいね」
と答え、自室へと戻っていった。
七羽が出ていったドアを見つめて拳をグッと握り込む。
今すぐ走り出したい気持ちを何とか抑え込み、まずは借りていた笹塚さんの部屋を後にして自室へ向かう。
が、ふと思い出す。
「そういや、御堂が寝てるんだった」
うむ……どうするか……とか考えてはみたが一向にいい考えが浮かばない。
で、いつの間にかというか、すぐに自室の前にたどり着く。
入るか入らざるべきか……
笹塚さんは部屋の前に立っていなかったから大丈夫だと思うが、一応ノックでもしてみるか。
トントン……
「お~い、誰かいますかぁ~?」
トントントントン……
「いるなら返事をしてくださいな~」
ドンドンドン……
「本当にいないんですか?」
ガンガンガンガン!!
「いるなら返事しろや! こちとら急いでるんだよ! いるなら出てこいや!!」
……………
よしっ。
これだけ叩きまくって出てこないなら大丈夫だろう。
なんか取り立て屋っぽかったのは気のせいだ。
怪しさは若干残るものの、俺は勇気をふり絞り自室のドアに手を掛け、ゆっくりと開けつつ隙間から中を覗く。
いない、よな。
開ききったドアの向こうに見えたのは――
誰も居ない俺の部屋だった。
ほっと一息ついて何事もないことに感謝をしつつ、ささっと着替える。
今日は七羽とのデートだから少しだけ、カッコつけようかな。
髪には普段あまりつけないワックスで少しだけセット。
いつものお休みお出かけ用ジーンズを履き、インナーはお気に入りの赤いシャツ。
そこに結構値段の張った黒のジャケットを着て、ちょっと前に買ったシルバーのネックアクセを付けてっと。
「うむ……完璧!」
七羽の存在感以上に目立つ服は避け、かつ、隣にいても七羽が恥ずかしくないであろうコーディネートだ。
今日の俺も七羽が輝けるための身だしなみは完璧だな。
あとは、財布を持ってハンカチを一枚ポケットに入れてっと。
さて行くか、天国へ!!
さっそうとドアを開け放ち、俺は勢いよく廊下に出た。
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朔真の部屋のベッドの裏の隅の隙間。
ギラギラとした目で、朔真が去った後のドアを睨む二つの影。
「ねぇ、まもるちゃん?」
「なんですか? 日花さん」
「今のって絶対にアレよね?」
「そうですね、間違いなくアレですよね」
「そうよね。 絶対に……」
「「デート、だよね(ですよね)!!」」
完全に出し抜かれたと言うか、置いていかれた二人はベッドの隅から立ち上がり、自室へ行かんと走っていく。
「いい?まもるちゃん、準備が出来たら家の外で待ち合わせね!」
「わかってますよ! 合流し次第、尾行開始です!」
朔真と七羽の幸せなはずのデートが何者かに邪魔されようとしているのだった。




