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33、もう今日は休みたい

 部屋(俺の)から追い出され、行くあてもなかった俺はとりあえず一階まで降りてきて、6人掛けのおしゃれになったダイニングテーブルに一人ポツンと腰掛けた。


 さて、まずは寝床をどうするかだが、選択肢は6つ。


 1、1階のリビングのソファーで寝る。

 2、華渕の部屋で寝る。

 3、七羽の部屋で寝る。

 4、笹塚さんの部屋で寝る。

 5、空き部屋の物置で寝る。

 6、寝ない。


 1から順に考えようか……


 1が一番無難だろう。

 共用の場所と言ってるんだから問題もないはず。


 がしかし!!

 大きな問題も一つある。

 共用ということは、全員が必ずそこに来る可能性があるということだ。


 ……あぶない。

 自ら俺の大事な何かを危険にさらすなんて考えられん!

 はい、却下!!


 2、問答無用で却下!

 なんでかって?

 言わなくてもわかるだろ!

 俺の大事な―――(以下、同文)


 3! はい、3番ですよ!!

 俺の中ではコレ一択なんだけどな!

 ということで、候補の一つにキープ。


 4、男同士ならたぶん問題は起こらないはずだ。

 不本意だが候補の一つにキープ。


 5、空き部屋なら何ら問題なし。

 ということで、こいつもキープ。

 ただ、布団とか一式無いからそこは心配なのだが……


 6、寝ないわけないのでそもそも無し。

 ってかなんだこの選択肢。

 寝るために悩んでるのに寝ないなんてアホだろ。

 まったく、誰が考えたんだか……ふぅ。




 ……はいっ!


 仕切り直して、結果は3か4か5のどれかということだ。

 決まったなら次は行動だ。


 一応、俺も倫理とか不純とか言う言葉を知ってはいるので、まずは七羽のところへ行きたい気持ちをグッとこらえて、笹塚さんの部屋まで行ってみることにする。


「笹塚さん、居ますか? サクマですけど今日一晩だけ寝る場所を貸して頂けませんか?」


 ガチャリとノブを捻る音がして、すぐに扉は空いた。

 が、出てきたのは笹塚さんではなく、メイド服を着た恰幅のいいおかあちゃん風な女性。

 部屋を間違ったかと思ってビクッとした俺に気が付くと、おかあちゃんメイドさんは「はっはっは」と大きな動作で手を叩きまくって笑う。


 えっと……どなたさん?

 いきなり出現した謎のおかあちゃんメイドに俺は完全にフリーズしてしまう。

 そんな俺に気が付いたのか、気が付いていて放置していたのか、ようやくおかあちゃんメイドさんは俺に話を振ってくれた。


「悪いねぇ、サクマ様。おまえさんがあんまり驚いてたもんでそれが可笑しくてねぇ。はぁ~笑わせてもらったよ」


「えっ、は、はぁ……あの、ところでここって笹塚さんの部屋ですよね? 合ってます? っていうかどなた様ですか?」


「あぁ、間違いないよ! ここは笹塚のじいさ―――笹塚執事長の部屋さ。 なんで私がいるのかが気になるのかい? それはね、サクマ様の部屋でうちのお嬢さんが眠りこけちまってるから、笹塚のじいさ――執事長が付き添うって話になったのさ。でだ、たぶんこの部屋に行き場を無くしたサクマ様が来るだろうから入れて寝かしてやってくれって言われて私がここに居たってわけさ。あぁそれと自己紹介がまだだったね! 私は、御堂家のメイドの取り纏めをしている芝浦 直子(しばうら なおこ)だよ。 芝浦でも直子でもなんでも好きな呼び方でいいからね。あぁ大事なことを伝え忘れてたねぇ。明日からサクマ様が自分の部屋で眠れるようにいろいろ直しておくから安心しなって言ってたわ。そうだそうだ、私の好きな食べ物はねぇ――」



 ザ・マシンガントーク。

 芝浦さんの話は一向に終わる気配がない。

 自分で話した内容に自分で返事してるんだからもう……ね。

 止められないし、止めるための隙間を一瞬たりとも空けてくれない。


 このタイプの人間の話を止めるのは困難だ。

 というか無理に等しい。

 大概の場合、こっちの空気感を感じて止めてくれるのを待つか、喉の渇きなどの一時的中断ポイントの時に割って入るかしか止める術はない。


 ということで、空気感を感じてくれるのを待ちつつ中断ポイントを探る。



 ――10分経過


「――でね、あの笹塚のじいさんときたらさ、何考えてるんだか私たちにやれって言うのよ? 信じられるかい? それでね――」



 ――20分経過


「――そうそう、そう言えばいつも守様の世話をお願いしているメイドなんだけどねぇ、あの子に好きな人ができたみたいなのよ。 誰かはなんとなくだけど検討はついてるんだけど、あの子ったらなかなか教えてくれないのよ。 何とかしてうまくいって欲しいんだけどねぇ――」


 ――40分経過


「いやぁ私もあれにはびっくりしたわよ! だってあの子がそうしたいっていきなり言ってくるのよ? 信じられるかい? ってサクマ様に言ってもわかんないんだろうけどねぇ、とにかく驚いたのよ。それでその話には続きがあってねぇ――」




 あ、うん、これ、エンドレスパターンだ……

 たぶんおしまいが無いやつだ。

 今の今まで黙って聞いてたんだが、スキの一つも無い。


 芝浦さんのトークはマシンガンを飛び越えてもはやガトリング級。

 弾がなくなりそうになると別のガトリングが弾を吐き出すと言う恐ろしい仕様。

 次弾装填(口を潤すための水分補給)もいつの間にか行われていた模様。

 すでに足元には3本のミネラルウォーターの空きボトルが転がっている。


 恐ろしい……

 御堂家の関係者が恐ろしい……


 御堂も笹塚さんもどこかおかしいとは思ってたけど、芝浦さんはまるで別格だ。

 対処のしようがない。


 俺に残された選択肢は3つ。

 弾切れを待つか、俺の精神が崩壊するか、いつの間にかここで意識を失うか。

 今のところ一番濃厚なのは意識を失うである。


 そんなことを意味もなく考えていると、カクッと膝が折れた。

 本格的に眠気がきたようだった。

 ほんの一瞬落ちた。

 ふらふらする体を立て直し、壁にもたれかかる。


 と、ここでようやく芝浦さんが俺の異変(話が始まったあたりから異常だらけだが……)に気が付いた様子。


「あら、大丈夫かい? あれまぁもうこんな時間かい。サクマ様ももう眠いだろ? さ、早く入って寝ちまいな」


「あ……ありがとうございます……」


「いえいえ、どういたしまして。 こっちもすまないねぇ。くだらない話に付き合わせて」


「…………いえ、大したことありませんよ(いろいろ言いたいことはありますけど……)」


「そうかい、それなら良かったわ。本当にいい男だねぇ、そういう優しいところに守様も惚れたんだろうねぇ。うちの旦那にももう少し見習ってもらいたいもんだよ」


 旦那?

 あぁ、まぁ、見るからにおかあちゃんって感じだしそれくらい居てもおかしくはないか。

 気にはなるが今はもうとにかく眠い。

 なんだか今日一日の疲れがどっとでてきたようだ。


 フラフラと右に左にと傾く体を、なんとか倒れないようにしながらベッドまで歩いていく。

 ほんの1メートルほどがめちゃめちゃ長い。


 ズリズリと引きずる足でようやくベッドの縁までたどり着いた俺は、目の前のやわらかそうな布団に頭からダイブする。


 あぁ……極上の柔らかさ……体が沈む……

 気持ちいぃ……

 重くなった体がベッドに沈んでいくと同時に、ゆっくりと瞼も閉じていく。


 こんなことになるなら……倫理とか無視して、初めから七羽のところに行っておけばよかったな……


 そう言えば、七羽……大丈夫かな……


 今日……は、いろいろ、あった……から、な……



 **********



「おやおや、あっという間に寝ちまったね。余程今日のことで疲れたんだろう。こんなに若いのにしっかりしてる」


 そう言いながら、だらしない恰好で眠っている朔真にそっと薄手の毛布を掛けてやる。

 芝浦はゆっくりと近くにある椅子に腰かけ、朔真の寝顔をにこやかに見つめる。


「これは将来、本当にいい男になるよ。そう思ったから守様を諦めさせたくなかったんだろう? ねぇ、重三郎さん」


 芝浦は立ち上がって部屋の電気を消し、そっと部屋を出ていった。



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