29、恨むなら俺を恨んでくれ
いつも通りの朝食を済ませ、いつも通りの道をいつもとちょっと違うメンツで歩き、いつも通っている学校のいつもの教室にたどり着く。
「みんなっ! おっはよう!」
華渕の元気な声が響きわたり、クラスの女子も男子も一斉に華渕に挨拶を返してくる。
のだが、一部の男子は、毎度のごとく朝一番の華渕を一目見ようとなめまわすように下から上に視線を巡らせてくる。
華渕はこの学校の「可愛い娘ランキング」の五指に入るほどの容姿を持っている。
というわけでクラスの男子のこんな反応はいつものことなのだ。
そう、いつものことなのだが、なぜか今日はそんな視線になんかこう苛立ち?なのかなんなのか、なんていうかモヤモヤというかムカムカというか……
ううむ……
まぁわからんから、たぶん朝ごはんの食べすぎだろう。
ちょっと胃液っぽいのが逆流してきてるような気もしなくもないような気がする。
後で保健室でも行って胃薬でももらってこよう。
そう思いながら華渕にじゃあなと言葉を投げ捨て、ダラダラとした足取りで自分の席に向かう。
とその途中で風谷さんが俺に軽く挨拶をしてきた。
「佐倉おはよう」
「あぁ、おはよう風谷さん。 珍しいね、そっちから挨拶してくるなんてさ。席も真逆なのに」
「そうだね。昨日の話は日花に聞いたんだけどさ、まぁ……なんて言うかこれからも日花をよろしく。とか言っておこうかと思ってね」
「うぉぉぉい! あの華渕もうクラスメイトに喋っちゃってるよ! バレたら大事になるってあれだけ言ったのに!! 帰ったら説教だな……」
「ふふっ」
俺が怒る姿を見てなぜか風谷さんが急にクスリと笑い出す。
その顔を見てなんでか若干イラっとする。
そんなに俺の怒る顔は面白いのかね?
「……何がおかしいんですかねぇ、風谷さん」
「いや、なんだかんだ言っててもしっかり日花が帰る場所のこと考えてくれてるんだなと思ったらうれしくてね。 やっぱり佐倉に任せておいて良かったよ」
「……別にバレたら俺と七羽が困るから、そう言っただけだ。 断じて華渕の為とかそういうのではない」
頬をポリポリと掻きながら明後日の方を向きつつ答える俺の仕草を見て、風谷さんは「はいはい、そうしておくよ」と言って華渕のところに行ってしまった。
まったくなんなんだか。
俺をおちょくってそんなに楽しいかね!
おちょくるなら銀田っていうもっと面白いやつがいつだろうに。
って、あっ!
そういえば銀田は……
自席の前を見ると銀田はいつも通りボケッとしながら俺にひらひらと手を振り「おはようさ~ん」と声をかけてきた。
あれ?いつも通り……なのか?
「よう、昨日はいつの間に帰ったんだ? いつの間にかいなくなってたから心配してたんだぞ」
「昨日? 昨日なんかあったか? 公園行った後別れて帰っただろ?」
ん? あれ?確かに俺の家に来てたよな?
「おい待て。 昨日俺の家でカップ麺食ったろ? 七羽特性パエリアの貝殻も食わせたやったろ?」
「おい、サクマ、おまえ大丈夫か? 確かに昨日の夜はカップ麺食ったけど俺は自分の家で食ったぞ? マジでおまえ大丈夫か?」
んんん? 俺がおかしいのか?
ちょっと待て、七羽に確認だ。
俺は走って七羽のクラスに言って、事情を説明して昨日のことを聞いてみた。
「はい、確かに昨日は銀田さんも一緒にご飯食べてましたよ? それがどうかしたんですか?」
「そう、だよな。いや、別に大したことじゃないんだ。うん、ありがとうな」
「いえいえっ! あっ、兄さん! 今日もお勉強頑張ってお昼も二人でご飯食べましょうね!」
「おぅ! もちろんだ! っと、朝のHR始まりそうだからまたあとでな」
七羽に全力で手を振って教室を後にする。
適度に息を切らすほどの速度で走りつつ、自分の教室に向かう道中考えてみる。
たぶんというか、確信に近いであろう俺の考えはこうだ。
昨日、俺の家に来た銀田は華渕の存在に一気にMAXまで浮かれる。
↓
ぴっちりした薄着姿に、更に舞い上がる。
↓
一緒にご飯を食べる至福の時間に酔いしれる。
↓
で、急に俺の家に住むという話&俺への生告白を見せつけられる。
↓
情報量が多すぎて理解できない状態になる。
↓
整理しようと何度か話に加わろうとするも、3人で始まった話の輪に入れず。
↓
「あれ? 俺って必要なくね?」
↓
いつの間にか帰宅し、意識を失う。
↓
朝起きて、記憶を失う。
↓
で、現在、俺との話が合わない。
と、言う流れだろう。
なんていうか……ごめん銀田。
おまえを家に呼んだ俺が悪かった。
記憶が戻って恨むなら俺を恨め……
教室に戻って自分の席に座り、目の前に座る銀田の肩をそっと叩く。
いぶかしむ銀田にこれまでにないくらいの慈愛の笑顔を向け、
「人生は大変なことばっかりだけど、強く生きような」
と、仏様から授かったお言葉を聞かせてやる。
「おまえの頭の中の方が大変なことになってんじゃないのか?」
などと銀田は言っているが、今はそっとしておいてやろう。
それがお互いの為である。
それからいつものようにくだらない話に花を咲かせ、それもそこそこ落ち着いた頃には予鈴が鳴り響き、担任が入ってくると同時にのHRが始まった。
他愛もない連絡事項を聞き流し、一限目の授業が始まってすぐに、俺は【電メガ】に呼び出しを受け、その時間はみっちりと嫌みを垂れ流され続けた。
**********
「あぁぁぁぁぁ……… やっと今日の授業が終わった」
昨日は一日中サボったから今日一日の授業はことさら長く感じた。
唯一の救いだったのは昼飯だ。
七羽と一緒に食べられたから午後からの授業も頑張れたというものだ。
それにしても電メガの野郎。
学生の貴重な時間を一時間も嫌みに使うとは一体どういった了見だ。
よくもまぁあれだけの時間一人の生徒を攻め続けられるというものだ。
逆に感心してしまったよ僕は。
でもそんな些末ごとは最早どうでもいい。
ようやく帰れるんだからな!
それも七羽と一緒に!である!!
うっはっはぁ~!
テンションも口角もアゲアゲですよまったく!
さぁ早速七羽を教室に迎えに行こうか!
「サ~ク~マ~っ! 一緒にかぁ~えろっ!」
ッチ……
こいつは空気も俺の気も読めない奴だ。
だからときたまイラッとすんだよなぁ。
ということで、
「うるせぇ、俺は七羽と帰んだからおまえは一人で帰れ!」
「なぁんでよ! どうせ同じ家に帰るんだからいいじゃない!」
「…………あ」
すっかりしっかり忘れてました。
そういえばこいつの部屋作るために片付けしようって話だっけ。
人間ってこわいね。
面倒な話はズルッと記憶から無くせるんだから。
俺の心中というか表情を読んだのかムスッとした顔で華渕は俺の腕にギュッとしがみついてくる。
「ぜーったい一緒に帰るんだからね! いつもいつも七羽ちゃんばっかりなんてズルいんだから!」
「わかった、わかったから離れろっ! 少しは周りの目というものを気にしろよ! ほら見ろ、地方の辺境に初めてコンビニが出来た時のおばちゃんたちみたいな目を向けられてんだろうが!」
「何それ、意味が分かんないんだけど。それに私はいくらでも見られてもいいもん!サクマと一緒に居るところならむしろ見せつけに職員室にいきたいくらいだよ」
「おまえも大概意味が分からんぞ! 頭の中身腐ってんのか?」
「なっ! 腐ってるってなによ! 」
「知らんのかこの馬鹿者め。 腐るってのはな、くずれて傷んでだめになることを言うんだよ? いい勉強になりまちたねぇ~華渕のお嬢ちゃん」
「腐るの意味くらい知ってるわよ! 私が言いたいのはそういうことじゃないの! もうっ!」
いつもいつもごちゃごちゃとうるさい奴だまったく!
と、そうこうしていたらいつの間にか七羽のいるクラスに着いてしまっていた。
俺はいまだギャーギャーと騒いでいる華渕を無理やり引きはがし、マイエンジェル七羽が待つ下級生のクラスへと入っていく。
「お~い、七羽。帰るぞ~」
俺がニヨニヨした顔で七羽を呼ぶと、天使の歌声のような声で、
「あ、兄さん! 今行きますね!」
とにこやかに返してくれた。
疲れ切った体と心に天から降り注ぐ恵みの雨のように俺を潤してくれる声。
しょぼしょぼしていた目をスッキリさせてくれるその神々しくも愛らしい姿。
あぁ、なぜこんなにも可愛い存在がこの世にいるのか!
神様、そして敬愛するわが両親に感謝します。 アーメン……
「アーメン……じゃないわよまったく! 変なこと考えてないでさっさと帰りましょ!」
なんだと……
ホントに華渕は読心術でも会得してるんじゃないだろうな。
こわっ……うかつに変なことも考えられんとは……
「こわっとかいいから、さっさと歩く! 七羽ちゃんも早くおいでよ!」
…………マジでコワイ。
俺がちょっとだけガクブルしながら華渕の後に続くと、七羽はようやく帰りの支度が済んだようで隣に並んできた。
が、もう一人。
巨大な果実を胸に二つぶら下げた方もちょこんと隣に並んできた。ちょっとだけばつが悪そうに……
「今日の話をしたら、マモルちゃんもお手伝いがしたいって言ってくれたからお願いしちゃいました! ダメ……でしたか?」
おおぅ……
あの日以来、会ってなかったからなんだか気まずい気が……って俺だけじゃないらしい。
御堂もなんだか少しモジモジしている気がする。
「久しぶり……だな。 今日はよろしく頼む」
「お、おぅ、頼まれた……」
やっぱりなんかぎこちない。
まぁ今はいい。
ともあれ、人手が増えるのは助かる。
ということで、一人増えた4人で自宅に向かうことなったのだった。




