25、本当にいいのか?
七羽は華渕と話があると言って学校に残った。
俺はというと、一人とぼとぼ家に帰るために足を動かしている。
「あぁ、せっかくのお買いものデートが……」
「何ものデートだって?」
ん?
誰か他にいるんじゃないかって?
気のせいさ。 俺は一人で家に帰ってるんだ。
間違っても、モテナイ株・筆頭株主の銀田となんか歩いてはいない。
そう、君の気のせいだ。
「おい、無視すんなよ」
ハエがうるさいようだが気にしたらいけない。
さっさと帰って、七羽が帰るまえには家の掃除くらいしておかないとな。
「おぉ~い。さ~く~ま~く~ん? 君の大好きな銀田くんだよぉ?」
「…………」
「ねぇ~え、いい加減こっち向いてよぉ~、サービスするからさぁ~」
「…………」
「お~い。 マジ無視ですか?」
「…………」
「あの、ほんっとすんません。 僕が調子に乗ってました。 ですからちょっと話聞いてもらってもいいですかね?」
「…………」
「なぁ! 頼むよちょっとくらい相手してくれよ! 今本当に泣きそうなんだよ! もうちょっと優しくしてぇ!!」
「てぇぇぇぇい、ぎん黙れ! いちいちやかましいんだよおまえは! 何が悲しくておまえと一緒に帰らないといけないんだ! しかもおまえの家こっちじゃないだろ!」
はっ! しまった!
あまりのしつこさについ反応してしまった。
家までスルーのつもりがついつい。
ともあれせっかく反応してやったというのに銀田のやつは微妙にお怒りだ。
まったくもってめんどうな奴だ。
「ぎん黙れってなんだよ! 昔から使われてました、みたいに自然な流れで俺の名前を黙れと一緒にすんな!」
「名前じゃなくて、苗字だよ? じゃあそういうことで」
「くっ、あぁ言えばこう言う……ってちょっとまてぇ!」
こっちも付き合うだけ無駄なので、ヘリクツこねてこいつから逃げてみようと思ったのだが、目にもとまらぬ速さで回り込まれたので離脱に失敗してしまった。
ッチ……厄介な。
「……で? なんぞわたくしめに要件でもおありでしょうか?」
一応聞いてみる。
「バッカっ! あるからここまで来たんだろうが! ってかもっと早く言えよそれを! そのせいでここまで来ちまったって、おぉぉぉい! 言ってるそばからスルーして行くなよ!」
「えっと? その話聞かなくてもいいかなって。 てへっ」
「うざっ! 激烈うざっ! ほんとあぁ言えばこうだなおまえはよ」
銀田め。黙って聞いていれば……
本格的に無視して帰ったろうかと半歩下がった時だった。
今までのおちゃらけムードは一変して、銀田は真面目な顔で一言だけ発する。
「少し付き合えよ」
有無を言わさぬ物言いで、すぐそこにあるいつもの公園に向かいクイッと親指で指さす。
家までもう目と鼻の先だが、こう言われてまで帰る理由はない。
俺は短く「わかった」と言い前を歩いて講演に入る銀田を追った。
**********
公園のベンチに座りいつの間にかいなくなった銀田を待つ。
あたりは、子供たちが元気に騒いで走り回っている。
もうすぐ日が暮れるというのに元気で何よりだと、ボーっと考える。
すると、ボーっとしていたからだろうか。
いつの間にか隣に座っている銀田に気が付くのが遅れてしまったようだ。
銀田は、缶コーヒーをチビチビ飲みながら、まだ開けていない別の缶コーヒーを投げ渡してくれた。
「ほれっ」
「サンキュっと。 じゃあ俺はこれで……」
「おぅ! じゃあな………って、まてまてまてぇっ!何回同じことやるんだよ! いい加減話をさせろよ」
コーヒーをもらった勢いで帰る作戦は失敗っと。
ならまぁ聞くしかないな。
あきらめ半分で若干嫌な顔しつつも、再度ベンチに腰を下ろす。
缶のプルタブを勢いよく開けて、半分ほどを一気に飲む。
「あんまぁ。 いつ飲んでもこれは激甘だな」
砂糖たっぷり、ミルクたっぷり、練乳たっぷり!
おまけにキャラメルたっぷり!
でお馴染みのマキシマムコーヒー。
あまりの甘さに、飲む奴は子供かごく少数の大人のみという、スーパーハイカロリー&ハイ糖分のコーヒーだ。
体に悪いこと請け合いなのだが、俺はこのコーヒーが大好きだった。
もちろん銀田もだ。
そして決まってこれを飲んで話をするときは、何か互いに大事な話があるときだった。
「なぁサクマ。おまえさ、本当に日花ちゃんと付き合ってんのか?」
と、銀田は唐突に切り出してくる。
だが俺も、聞いてくるならそれだろうと思っていたので、別に焦ることもなく、
「付き合ってねーよ」
と返す。
あからさまにというほどではないのだが、銀田から少しだけ肩の力が抜けていった気がした。
俺は付き合ってはいないと銀田に返した。
返したのだが、まだ言ってないことがある。
勇気を振り絞って、恥ずかしげもなく俺に面と向かって聞いてきた、唯一といえる友人に対しそれを隠しておくことはあまりにも無責任だと思った。
「……でも、告白された」
だから正直にそう告げた。
銀田は缶を手の中でもてあそび、中のコーヒーの波をじっと見つめている。
俺は残りの半分を一口で飲み干して、近くにあったゴミ箱に缶を投げ入れた。
もう子供達も帰り人もまばらになってきた公園に、ゴミ箱の中で缶がカラカラと跳ねる音が響いた。
「んなことは、初めから予想してた……ってか、日花ちゃんがおまえしか見てないことも知ってたさ」
「マジか」
「マジだ」
そう言うと銀田も残りのコーヒーを一気に飲み干してそれをゴミ箱に投げ捨てる。
…………外したけど。
それを若干恥ずかしそうに回収すると、そっとゴミ箱に入れて元の位置に戻ってくる。
わざとらしく咳払いを一つかましてドヤ顔で再び口を開く。
「おいおい、俺が何年日花ちゃんのことを見てきたと思ってんだよ。それくらいのことは知ってて当然だね!」
「……確かにすごいかもしれんが、一歩間違えばストーカーだな」
「うるさいぞソコっ! って俺の話はいいんだよ。で? サクマくんはなんて返事したのかな? お兄さんに言ってごらん?」
「今まで通りでいましょうって言ったよ」
「んん? ワンモアプリーズ?」
「い・ま・ま・で・ど・お・り・で! いましょうって言ったんだよ! 文句あんのか!」
「はぁ? なんで日花ちゃんの告白断ってんだよ!」
俺の答えを聞いた銀田は俺の胸ぐらをつかみものすごい勢いで詰め寄ってきた。
こいつのこんな顔は始めてみた。
でも、俺にも譲れないものはある。
「俺が好きなのは華渕じゃないんだよ! それも知ってるだろ!」
「知ってるに決まってんだろ! だから腹立つんだよ。 俺じゃなくてなんでサクマなんだってよ!…………だったら、一つおまえに聞かなきゃなんねぇ事がある」
「なんだよ……」
銀田は俺を掴み上げる手をパッと離し、少しだけ距離を置く。
深呼吸をして俺に向き直り、俺の目をじっと見つめながら口を開く。
「こっから先は俺も本気になってもいいんだな? 日花ちゃんを……本気でとりにいっていいんだな?」
真面目に訴える銀田。
別に俺としてはどうでもいい。
俺はただ、ずっと七羽と居られれば、暮らしていければ、それでいいのだ。
華渕が銀田と付き合おうが、俺にはなんの支障もない。
…………はずだ。
俺が好きなのは七羽。
でも、なんだかちょっとだけモヤッする。
たぶん告白されたこともあって、それが気になってるだけだろう。
俺の中の何かをかき消すように、俺は銀田にはっきりと答える。
「……あたりまえだ。おまえの好きにすればいいだろ」
「……本当に、いいんだな?」
「くどいな。いいって言ってんだろ」
たぶん銀田は俺の中の変なモヤというかしこりのことに気が付いてる。
でも、こいつはそれを知っててもなおこうして聞いてきたのだ。
華渕もそうだけど、銀田もやっぱり食えないやつだ。
答えを聞いた銀田は、いつものふざけた笑い顔に戻り「そっか」とだけ俺に言って、ベンチに置いたバックを肩に背負いなおす。
「じゃあ、それだけ聞けたから俺は帰るわ! サクマも帰りたがってたろ? 七羽ちゃんも心配するからさっさと帰ってやれよ。って誘った俺が言うのもなんだけどな」
「ほんとだよ。まったく。なんならどうだ? 久しぶりに俺の家で飯でも食ってくか?」
俺の想わぬ誘いに、目が点になる銀田。
何もそんなに驚くことでもなかろうに。
ちょっとだけ間を置いて、銀田はいつもの憎めない笑顔で、「じゃあそうさせてもらうわ!」と言って俺についてきた。
話も終わって腹も減ったしいい時間だから、さぞかし今日の飯はうまいだろうな!
あ、でも今日は七羽と一緒にお料理の日だった。
う~む……飯にありつけるのはもう少し先になりそうだ。




