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21、大好きだから

 七羽を置いてきてしまったまま、俺はいつの間にかしがみつく華渕と共に教室に入っていた。

 ハッと気が付いた時には、周囲に人だかりが出来ていた。


「ねぇねぇ! なんで今日は腕組んで来たの? もしかしてだけど二人は付き合ってる……とか?」


 教室に入るなり、開口一番クラスメイトから飛んできた言葉がこれだったらしく、それに対し華渕は、


「うんっ! そうだよ! ………なんてね。って言っても彼女候補だけどね」


 と答えてしまったのが運の尽き。

 そうだよ! までしか聞いていないそのクラスメイトは、クラス中に響き渡るような大声で「マジでっ!」と叫んでしまった。

 そこからは地獄絵図……


 女子は華渕に質問攻め、男子は言葉による拷問と物理的な攻撃が俺に降りかかる。

 華渕にとっては幸せ、俺にとっては地獄の時間の到来。


「うっそぉ! いつの間に付き合ってたの?」

「そうだよそうだよ。言ってくれたらよかったのに!」

「でさ、どこまでいったの? A? B? それとも……大人の階段登っちゃった?」


「えっとぉ、あの、まだ付き合ってる訳じゃ……」


「おぉぉぉぉぉぉい、サクマぁぁぁ! どういうことだコラ!」

「なんで貴様が日花ちゃんと付き合ってんだよっ!」


「付き合ってねぇよ! 話は最後まで……」


「お前には、可愛い妹がいるじゃねぁか! あぁ!」

「日花様のお胸が……サクマ如きに蹂躙されてしまっただなんて……」


「まてまてまてっ! だから話は最後まで聞けって……」


「理不尽だ! この世の全てが理不尽だ!!」

「……死のう」


「おぉぉぉい! 今死のうとしてる奴誰だ! さすがにそっちの方がクラスにとっても世間にとっても事件だろうが! 誰か止めろよ!」


 男子はクラスのあちらこちらで自ら命を絶とうとする奴らが続出したり、サクマレジスタンスと名乗る集団まで出来上がる始末。

 女子はと言うと、華渕を質問攻めしたり、妄想を膨らませたりと、ピンク色のオーラを放ちまくっている。

 まさにカオス……今のこの教室内はピンクと血の赤とドス黒さが入り混じる空間と化していた。


 誰か何とかしてくれ……

 心の奥底から湧き上がる俺の願いが届いたのか、教室の扉が開いて教師の「HR始めるぞ」の一声で沈静化したのには非常に救われた。

 先生ありがとう!!

 今日だけはしっかり授業を受けようと思います。




 HRも終わり、1限目も終わり、そして魔の休み時間。


 教師退室後に、速攻をかまして逃げる。

 背中に受ける怒号を無視して走りまくる。

 待てって言われて待つ奴がいるかっ!

 階段を段飛ばしで降りたり上がったり、わざと扉の多い場所に入っては出てを繰り返し、ようやく何とか巻く。


「はぁ、はぁ、もういいか?はぁ、はぁ………あぁ……、なんでこうなっちまうんだよ」


 息を整え、出てくるのはため息と愚痴。

 俺は確かに間違えた……だからだろう。

 この仕打ちは受けて当然だ。

 だって七羽は俺なんかよりもずっと――


「――傷ついてるんだから、ですか? 兄さん」


「っ!! 七羽っ! なんでここに……」


 いつも誰も来ない昼飯スポットの一角に、隠れるようにしゃがみ込んだ俺の視線の先には、七羽が少しだけ状態を起こして寝転んでいた。

 七羽はいつも通りの笑顔で何の気なしに話を続ける。


「なんでって言われても困ります。 だって兄さんが来るより先にここに居ましたから」


「えっ? だって俺はチャイムが鳴ってからすぐにここに来たんだぞ? ならなんで………まさか、授業サボったのか?」


「そうですけど……なにか問題でもありましたか?」


「大アリだろ! 七羽は俺と違って………」


「頭が良くて、優秀で、なんでもできて、クラスメイトや先生からの信頼も厚いんだからダメだろ!………ですか?」


「っ……」


 俺はまた何も言えなくなった。

 七羽の言う事がことごとく俺の思っていた事を表側に出してしまったからだ。

 何気ない言葉が、なぜか今は棘のある言葉に聞こえてしまう。


「兄さんが思ってることを当てるなんて簡単なんですよ? だから、朝のあの時、兄さんがなんて思っていたのかもわかってるつもりです」


 そう言って七羽は目を伏せてしまった。

 そんな七羽の姿を見ても俺は重く固く閉ざした口を開くことが出来ないでいた。

 でも七羽は次の瞬間にはにっこりと笑顔をみせる。


「なぁんて、兄さんがちょっと頼りないからいじわるしてみただけです」


 頼む、七羽……


「やっぱり兄さんも男の子ですから、こう……その、胸が大きい人が良いんですよね!」


 頼むから……


「私にもわかります。 いいなぁって思うものってなんかどこかで引っ掛かってて結局見つけたら欲しくなっちゃいますもんね」


 いいから……


「そうそう、先日アクセサリーが欲しくてお出掛けした時も、結局前から欲しかったのを買って……」


「いいから黙ってくれ!!」


 七羽から笑顔が消える。


「なんでなんだよ! なんで俺に言わないんだよ!兄さんがもっとしっかりしてればって、もっともっとちゃんと言ってくれればって、もっとずっと華渕より七羽が好きなんだって言ってくれって!! なんで俺を責めないんだよ! なんで悪者にしてくれないんだよ!なんで……なんでお前は……七羽は……そんなに優しいんだよ」


 言い切り、俯き、また何も話せなくなる俺。

 じゃりじゃりと砂を噛むような気持ち悪い感覚の顔をしているだろう俺の顔を、思いっきり両手でバチンと挟み込み両頬ぐいッと上にあげる。


 七羽は今まで見たことも無いくらい綺麗で、可愛くて、無邪気な笑顔で………泣いていた。


「私がっ! 私が、兄さんを本気で責められるわけないじゃないですか!」


「七羽……」


「私が本当に優しくできるのは兄さんだけです! 他の誰にも私のやさしさなんてあげたことはありません! これから先だってあげたくもありません!」


「…………」


「たぶん、私が今している事は兄さんにとって単なる甘やかしでしかないのかもしれません。 でも、それが私です。 兄さんが大好きで、大好きで、大好きな私なんです。 だからですかね、どうしても兄さんを強く攻めることが出来ません。今回の事も兄さんだけが悪いんじゃありません。 私だって、あのときもっとはっきりと……しっかりと日花さんに言えばよかったんです。だから、私は日花さんとお話してきます」


「待ってくれ七羽、なら俺も一緒に……」


「ダメですよ兄さん! これは妹としてではなく兄さんを、サクマを好きな一人の女としてしっかりと話をしなくちゃいけないんです」


 俺は息をのむ。

 七羽の真剣な顔に反論することが出来なくなっていた。

 でも七羽は、真剣な顔をフッと緩めるとちょっとだけイタズラっぽい顔をして俺を見つめる


「それに兄さんは女の子の秘密のお話を横でずっと聞いていたいんですか? ………………エッチ、ですね」


「おまっ、馬鹿! そんなんじゃない!」


「あははっ! わかってますよ。 兄さんは優しいですから、私を心配してくれたんですよね?」


 曇りの無い笑顔で俺を見つめる七羽。

 そんな七羽に見惚れながらも俺の頭の中にはやはりというかなんというか。


(あぁ、七羽はやっぱり七羽だ。 俺が大好きで愛した七羽だ)


 そんな当たり前の想いで満たされ、気が付けば思いっきり抱きしめていた。


「七羽、ごめん……俺、やっぱり七羽が大好きだ」


「なんで謝るんですか? 私も大好きですよ、兄さん。 今ままでも……この先も、ずっと大好きです。だから……日花さんとちゃんとお話してきますね」


「……わかった。 でも、何かあったら必ず俺に言ってくれ。 また役立たずになるかもしれないけど、傍に居ることくらいはできるから」


 七羽は抱きつく俺の肩口でうんと小さく頷く。

 そしてゆっくりと離れて、軽くキスをする。

 頬を赤く染めた七羽は少しムッとした表情で、


「もう……キスするときはしたいって言って下さいって言ったじゃないですか」


 とまんざらでもない感じでそう言った。


 それから、俺と七羽は二時限目から昼休みまで授業をサボって、いつもの場所で一緒に昼寝をした。

 温かい日の光の中で、腕に感じる温かさを感じながら。



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