20、いつも俺は……
月曜。
体調も全快して、体はすこぶる快調だ。
ベットから起き上がり、ぐっと体を伸ばして屈伸する。
朝の涼しさが心地いい。
さてと、今日は昨日寝まくったお蔭で今日はいつもより早起きだ。
どうせなら、今日の昼の弁当は俺が作ることにしよう。
そう思って、寝巻姿のまま階段を下りていくと、キッチンの方から香ばしいにおいが漂ってくる。
「結構早く起きたつもりだったんだけど、もう起きてたのか七羽」
ドアを開けた先のキッチンにはすでに制服に着替えてエプロン姿で弁当を詰めている七羽がいた。
俺に気が付くと、フライパンで炒めていたたこさんウインナーを手早く詰めて、そのうちの一つを爪楊枝に刺して俺のところに持ってくる。
「おはようございます兄さん、私もよく寝たので早起きしたんですよ。はいっ、あーん」
「そっか、やっぱり七羽には敵わないな。あむっ、うん、うまい!」
「そんなことないです。 兄さんは優しくて強くて、その、かっこよくて……私よりずっと頼り甲斐があります!」
朝の涼しさはどこへやら。
互いに顔から湯気を出しそうなほど照れてしまう。
「あ、ありがと。じゃ、じゃあ俺も着替えてくるな!」
「そ、そうですね! 私は朝ごはん並べておきますですっ!」
ますですって……。
俺もそうだが、七羽もこういった事にはまだ慣れてないんだなとしみじみ思う。
着替え終わり、無駄に火照った体も程よくクールダウンしたところで、俺と七羽はテーブルに着き手を合わせる。
「いただきまーす」
「はい、召し上がれ」
今日も朝からしっかり朝食が取れる。
焼鮭にご飯に味噌汁、母が作り置きしている漬物だ。
「やっぱり七羽の飯はウマいな! 俺が作らなくて正解だな」
「ありがとうございます。 でも兄さんの料理もおいしいですよ? 少なくとも私は好きです」
「おぃおぃ。 薬味たっぷりで薬の味がする料理が上手いとかお世辞はいいって。さすがにあれは俺でも自画自賛できるレベルじゃなかったしな」
「味は…まぁ…そうかもしれませんが、味がどうって言うより、私の為に一生懸命になって作ってくれたという事が嬉しいんです」
「やっぱり味はダメなんだな……」
「ち、ちがいますよ! いや、違わないか…… あっ、でもでも、本当に私は好きなんですよ! そうだ! 今日は晩御飯を二人で作りませんか?」
うまい事とはぐらかされた感じは否めないが、七羽とのお料理タイムはその言葉を帳消しにするくらい魅力的だ。
七羽の私服エプロン姿……
いや、もしかしたらダイレクトエプロンかもしれない!
期待に胸を膨らませながら七羽に向かい分かったと答えてやる。
俺も大概安い奴である。
俺の了承を聞いて、七羽は嬉しそうに胸の前で手を合わせる。
「それじゃあ、メニューを考えないといけませんね。どうしますか?」
「んー、そうだな……カレー……」
「……は、却下します。先日兄さんがシチューを作ってたじゃないですか。ルーを変えたら出来ちゃうのでもっと別のものにしましょう。そうですね……、ならパエリアなんてどうですか?」
パエリア……
何か俺にはすこぶるハードルが高い気がするのだが気のせいだろうか……
俺の料理ランクをそもそも理解しているのかと問おうとするも、
「うん、そうしましょう! 具材は海鮮ものが良いですね! 帰りは近くの魚屋さんに寄ってきましょう。あそのおじさんはいつもオマケしてくれるんですよ。あ、じゃあついでに八百屋さんにも寄ってパプリカとか彩りの良い野菜も買っていきましょう! あそこのおばさんはイケメンさんが大好きですから兄さんが行けばオマケにフルーツが貰えるかもしれませんしね。 そうだっ! そこまで立ち寄るならあそこも………」
と、一人でヒートアップしてしまったので、今更引くに引けず。
妄想の先にはエプロン姿の七羽が待ってくれてはいるのだが、料理の難易度を考えると何とも言えない。
本当に大丈夫だろうか……
**********
朝食を終え、いつも通り七羽を腕にくっ付けいつもの道を登校していく。
いつもの日常、風景、街並み、人達。
だがいつもと違うものが一つ……いや、一人。
「おっはようサクマ&七羽ちゃん! 朝からお熱いねぇ。でもでも私も負けないよ? えいっ!」
といきなり空いた腕に絡み付き、頬にキスをしてきた。
「ちょっ、おい! やめろって! 付き合ってもいないのにそういう事はすんなよ」
「ひどーい。 付き合ってはいないけど彼女候補にしてもらう約束だったでしょ」
「……兄さん? そうなんですか?」
「違う、待て七羽! 誤解だ! こいつが勝手に言ってるだけで俺はそんなこと一度も言って……」
「……たんだよ七羽ちゃん。 だからね、サクマを頂戴? 七羽ちゃんにはサクマの妹って言う肩書と同列の私の妹っていう肩書もあげるよ? ってその前に、サクマ!今度から私の事は日花って呼んでくれるって言ったでしょ? 約束は守ってよね!」
何だこいつは……
ハリケーン並にこの場の雰囲気をめちゃくちゃにしやがる。
七羽なんか怒りなのか何なのかプルプル震えてるぞ。
ヨシヨシ、兄ちゃんが慰めてやるからな。
七羽の頭にポンと手を置きゆっくり撫でまわしてやる。
「あぁ~っ! 七羽ちゃんばっかりずるい! 私にもやってよ! 彼女候補だからいいでしょ?」
「お前なぁ。そんなんいいわけ……」
「ないですっ! なんで彼女候補なんですか! 兄さんは言ってないって言ってますよ? それに私が許しません! 兄さんの隣は私って決まってるんです! だから絶対にダメです!!」
七羽……
七羽がこんなに怒る姿を初めて見た気がする。
俺に怒ったり、少し注意する程度はいままで何度もあったけど、ここまで誰かに怒りをむき出しにするなんていうのは初めてな気がする。
少し息を荒くして、華渕をきつく睨みつける。
だが華渕はと言うと、そんな七羽の視線をどこ吹く風とばかりに反撃してくる。
「七羽ちゃん、月並みかもしれないけどそれは貴方が決めることじゃないわ。 最後はサクマが決めること。それにあなたが隣に居るのは当たり前でしょ? だってあなたは、サクマの妹 なんだから」
「知ってますっ! それでも……私は兄さんの傍にずっといるんですっ! 約束もしました、兄さんはずっと私を愛してくれるっていてくれました!」
「そう……でもそれはきっと、兄として傍にいなければって言う、実の兄としての使命感かもしれないでしょ? それに今のこの世界では、家族間では付き合う事も、結婚も、子供を作ることも、なにもかもが出来ないのよ? 頭の良いあなたならわかるでしょ? それともそんなこともわからないくらい七羽ちゃんは馬鹿になっちゃったの?」
正論だ。
華渕の言う事は間違いなく、この世の中の正論だった。
分かっていたし、今ままで誰にも言われなかった事。
だから気が付かない様にずっと避けてきた事。
だからこそ、俺はこの場で何も言うことが出来なかった。
華渕への反論も……七羽へのフォローも……何も言えなかった。
縋る様に見つめる七羽。
そして俺は、そんな七羽の視線を……避けてしまった。
「兄さん……」
「ごめん七羽……俺は……」
短い沈黙を破る様に華渕はパンパンと手を打ち鳴らし、俺の腕にまたぎゅっとしがみつく。
「じゃあ、そういう事だからね。ちゃ~んと考えてね七羽ちゃん。 さっ、学校いこっ、サクマ」
引き摺る様に俺の腕を引く華渕。
もう片方の腕にまわされた七羽の手は、なんの手応えも抵抗も無くするりと抜けおちた。
だが俺も頭の中がぐちゃぐちゃになっていて、七羽の事を気にかけてやることが出来なくなっていた。
そうだ。
いつもこうして俺は間違う。
はっきり言えばと後悔したばかりだったのに。
久しぶりの投稿になりました。
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