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16、互いの想い

 笹塚さんに送って行ってもらった最寄の小さな診療所は土曜もやっている為いつもは混雑しているが、午前の診療が終わりそうな時間に滑り込む様に入ったお蔭でさほど待たずに診察をしてもらうことが出来た。

 診断の結果は、風邪とのことだった。

 最近の風邪は咳や鼻水が出ないで熱が出るだけのタイプもあるらしく、恐らくそれだろうということだった。


 薬を貰い、また笹塚さんの車に乗せて頂いてようやく家までたどり着いた。

 七羽はと言うと、熱の所為でいまだに体がだるくて足に力が入らないみたいなのでお姫様抱っこ継続中。

 車から降り、七羽を抱えて笹塚さんに向かい頭を下げる。


「笹塚さん、昨日から始まって今日一日も付き添ってもらって本当にありがとうございました」

「私からも言わせて下さい。ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」

「お二人とも、お顔をお上げください。私は今できることを、今しただけでございます。ただそれだけでございますのでお気に為さらず」

「いえ、俺達二人はとても助かりました、せめてお礼だけでも言わせて下さい。本当にありがとうございました」


 笹塚さんはやはりいつも通り裏表のない笑顔でこちらこそと言ってお礼を受け取ってくれた。

 そして、俺が抱える七羽に視線を向ける。


「七羽様、お節介とは思いますが年寄りの言葉と思ってお一つよろしいでしょうか?」

「お節介だなんて思いませんよ。なんでしょうか?」

「ありがとうございます。では一つだけ……七羽様、どうかこれからも素直なお気持ちでいて下さいませ。この言葉の意味は私ではなく七羽様だけがお分かりになる事かと思います。ですから、何かに想い悩まれた時には思い出してくださいませ」

「はい……わかりました」

「ありがとうございます。七羽様も朔真様もとても素直で良いお方で嬉しく思います」

「いえいえ。言われるほど素直にはなれていませんよ。俺も七羽も」


 笹塚さんはほほ笑みながらそうですかと言い、執事としての本業に戻らせて頂きますと残して御堂邸に戻って行った。


 見送った俺と七羽は、入ろうかと言葉を交わして扉を開いて家に入った。

 俺は七羽を抱えたまま、部屋のベットに寝かせると氷枕を用意してよく冷やしたタオルをおでこの上に乗せてやる。


「兄さん、ありがとうございます」

「これくらい当たり前だろ? そうだ、食欲あるか? 昼過ぎちゃったけど、おかゆか何か作ろうか?」

「あんまり食べられなそうだけど、薬も飲まなきゃですから、おかゆを少しだけいただいていいですか?」

「任せとけ! じゃあちょっとだけ待っててくれ」

「はい!」


 嬉しそうに俺を見送る七羽の頭をそっと撫でてやり、俺はおかゆを作りに台所へと足を運んだ。



 **********



 数分後、俺特製の子ネギ玉子粥が完成する。

 久しぶりに料理なんてしようとしたもんだから、うまくいくか不安だったが何とか作ることが出来た。

 まぁ素人のお粥なんて水にご飯で何とかなるんだろうけど……

 むしろこれが料理なのか疑問だが、結果できたのだから問題なしだ。

 お粥の入った小さめの土鍋を木板にのせて七羽のところへ戻る。


 ベットに横になっている七羽は俺に気が付くと俺の方に首を向けて笑う。


「七羽、出来たぞ。ちょっと量が多いから一緒に食べよう」

「ありがとう、兄さん」


 傍まで行くと、ベットの横にかがみこみ横になっている七羽を起こしてやる。


「じゃあ食べるか!いただきます!」

「いただきます」


 土鍋からよそったお粥はまだ熱く、器まで触れるのを躊躇う程熱くなってしまっていた。


「ほら、器も熱いからよく冷ましてから食えよ。火傷するからな」

「大丈夫、ありがとう」


 それから二人は土鍋の中身が無くなるまで無言で箸を進めた。

 食べ終わった俺達は、小さくご馳走うさまと手を合わせ食事を終えた。


「いま、白湯を持ってくるからちょっと待っててくれ」


 冷めたお粥がべたべたとこびりつく土鍋に水を入れ流しに置き、白湯を入れた湯呑ともらった薬を手に再び部屋に戻る。


「ほら、これ飲んで休んでろよ」

「わかりました……」


 袋の中の粉薬は苦いのか、少しだけ飲み辛そうに飲み込んでいた。

 そう言えば、七羽は昔っから薬が苦手だっけな。

 そんなことを思い出しながらぼんやりと七羽を眺めていたら、七羽がこちらを向き、ふいにその時はやってきた。


「兄さん、お話があります……」


 俺からするはずだったのに、七羽から切り出させてしまった。


「わかってる。俺も話があるんだ。先に言わせてくれないか?」

「待ってください。私が先に言いますから」

「いや、俺に先に言わせてくれよ。なぁ、七羽…」

「ちょっと待ってください兄さん。私が先に言いますから。あの、兄さん…」

「「ごめんなさい!」」

「「…………」」

「「えっ?」」


 われ先にと発した言葉は、互いに相手への謝罪の言葉だった。

 顔を見合わせた俺達は、互いに特大の疑問符をうかべ、その数秒後にはここ最近に無かったであろうというくらい二人で大笑いした。

 どれくらい笑っていただろうか。

 時間にしてみればほんの少しだっただろうけど、その時の俺達は素直におかしいと思って、素直に笑っていたのだ。


「あぁ~、久しぶりにこんなに笑ったな」

「えぇ、そうですね」


 七羽は両目の端に溜まる涙をぬぐいながら俺の言葉に続く。

 そして、笹塚さんが言っていた素直にと言う言葉を思い出し、互いに今までのことをゆっくりと語った。


 俺は日花のこと、マモルの事を包み隠さず全て話した。

 黙って聞いていた七羽は力の入らない手をぎゅっと握り締め、時折つらそうな顔をしながら最後まで聞いてくれた。

 全てを話し終えた俺は、改めて七羽に言う。


「七羽、黙っててごめん。これで全部だ。俺が言いたかったことは」

「……うん」


 七羽は力なくそう答えた。

 本当にすべてを言ってしまってもよかったのか、いっそ俺が全部背負って隠しておけば、その方がもっと幸せになれたのではないだろうか。

 そんな想いだけがどんどん心の中に募っていくが、ふと笹塚さんの言葉を思い出す。


 自分と七羽に素直に。


 そうだ、俺は全てを素直に話したんだ。それがどんな結果を生もうと素直に受け止めなくちゃいけないんだ。

 決意を固め顔を上げた俺の目に飛び込んできたのは、お粒の涙を流す七羽の泣き顔だった。

 大丈夫か、どうした、心配する言葉や気遣う言葉、いろんな言葉が駆け巡ったが俺は一言も言えずにいた。


 七羽の泣き顔があまりに綺麗で眩しくて、愛おしいほどに可愛くて……


 そして、気が付けば俺は、七羽を抱きしめていた。


「兄さん離して……」

「ごめん…」

「謝って欲しいんじゃないの。お願い…離して…」

「ごめん……嫌だ」

「もう……兄さんのバカ……」

「あぁ、馬鹿だよ。俺は世界一の大馬鹿だよ、それは間違いないと思う」


 抱きしめたまま、互いが互いを求め合うようにギュッと身を寄せ合う。

 七羽は少しだけその力を緩め、抱きしめあったまま静かに聞いてくる。


「ねぇ、兄さん……」

「なんだ?」

「兄さんは日花さんの事が好きなの? 気になるの?」

「お馴染みだし、好きか嫌いかと言われれば好きだ。気にもなる。でもそれまでだ。それ以上でも以下でもないよ」

「そう……ですか。じゃあマモルちゃんは?」

「マモルか…あいつが俺を好きだって言ってくれた時は正直に嬉しかった。スタイルもいいし金持ちだしな…でも俺はあいつを好きにはたぶんならないと思う。でもまあ、その、ドキッとする時はあるかもしれないけどな」

「もぅ!兄さんは!素直にって笹塚さんも言ってましたけど、素直になりすぎです!反省してますか?」

「すみません、反省してます……」

「ホントにもう………でも、それが一番兄さんらしいですね」


 互いの顔は見えないが、たぶん七羽も俺も笑っている。

 抱きしめあい触れあっている耳がすこしくすぐったくなるような感じがした。

 そしてゆっくりと七羽と俺は抱き合う身を離した。

 熱も薬のお蔭でだいぶ引いてきたのだろう。

 熱に浮かされたような目はだいぶしっかりとしていて、その瞳で俺の目をみつめ、俺もその視線から目を外さない様にみつめかえす。


「兄さん……私は、今から素直に思っていることを言います。聞いて頂けますか?」


 俺はただ黙って頷く。

 七羽は意を決したように大きく深呼吸をして再度俺の目を見つめながら言葉を発する。


「私は……兄さんが私以外の誰かを好きになるところを見たくありません」


「俺もそうだよ」


「兄さんが誰か別の女性と手を繋ぐところを見たくありません」


「俺も七羽のそんなとこ見たくないな」


「兄さんが誰か別の女性とキスをするところを見たくありません」


「俺も嫌だ」


「何より、私だけをずっとずっと好きでいてほしいって思ってます!ずっとずっと兄さんを独占したいと思ってます!」


「ああ」


「こんな……こんな我儘な娘、他にはいないと思います……」


「そりゃ、いないだろうなこんなに我儘な兄妹・・は……」


「それでも……こんな私でもこれからもずっと好きでいてくれますか?」


 俺は七羽からの素直で正直な気持ちを貰った。

 でも、一つだけ、足りない。

 それを聞かずに俺は七羽に答えてあげることはできない。


「七羽はどうなんだ?この先ずっと俺みたいな奴に好かれててもいいのか? 七羽はその、俺の事、好き……なのか?」


 七羽はまた、目に大粒の涙を溜めながら力強く言ってくれた。

 俺が今まで、のどから手が出るほどに欲しかった言葉。


「当たり前です!私は、兄さんが……」



「大好きですっ!!」


 俺は一方通行じゃないかと今まで思ってた。

 だからどこかちょっとだけ逃げていたのだ。

 でも今は違う。

 もう逃げる必要も、悩む必要もない。

 ただこの俺の気持ちを口にするだけだ。



「いつも言ってるけど俺も七羽が大好きだ。どんなに我儘でも、どんなに手が掛かってもずっとずっと一緒に居たい。だから七羽、これからもずっと俺と一緒にいてくれないか?」


 これまで見たことが無いくらいの笑顔で、泣きながら七羽は一言だけ、


「はい」


 と、答えてくれた。


 俺はそんな七羽をそっと抱き寄せ、口づけをした。

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