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14、兄さんのバカ……

今回は、妹回になります。

「兄さん、入りますよ」

「どうぞ……」


 軽くノックして部屋にいるであろう兄さんに入室の許可をとったのだが、中から聞こえてきた兄さんの声はいつもと違って元気が無かった。

 ゆっくりと扉を開けると、兄さんは頭を抱えたままベットに腰かけていた。

 どうしたのかと声を掛けようと兄さんの部屋に入った私は、おかしなことに気が付いた。


(いつもと違う……兄さんの匂い……)


 マモルちゃんの家でお風呂に入った所為かもしれないけど、それとはまた違った香り。

 私はこの香りを知っている。でもどこで嗅いだんだっけ。

 そう訝しむも、様子のおかしい兄さんの姿を見るとそれもふわっとどこかへいってしまった。


「兄さん? どうかしたんですか?」


 返事が無い、と言うより気が付いていない?

 私はもう一度、兄さんと呼びかけるがやはり返事が無い。

 不意に兄さんは、私がいることを知ってか知らずか、いつも言わないような言葉を口にする。


「あ~、ダメだ~。俺にはさっぱりだ。助けてくださ~い……」


(兄さん?助けて?)


 いきなり吐き出された兄さんの一言は普段、私に見せないようにしていた部分なのだろうか。

 兄さんから助けてなんて言葉を聞くときは大概、くだらないことがほとんど。

 宿題が終わらないから助けてだとか、トイレットペーパーを補充し忘れて出られなくなったから助けてだとか。

 でも今の「助けて」は、今までとは違う重みを感じた。


 その助けに応えるにも理由を知らない。

 どうしたのかと声を掛けようとした瞬間、目が合う。

 だがまたスーッと視線を逸らしたかと思うとバッと私の方に向き直り、


「どぅわっ!! いつの間に居たんだ七羽!!」


 と、驚きを隠そうともせずに声を荒げた。

 いつと言われても、さっきノックして良いよと言われたから入ってきたのだと言うと、あからさまに動揺した感じで、そうかと返してきた。

 それよりも、気になるのは先ほどの「助けて」だ。

 私がどうしたのかと問いただすとあからさまに挙動不審になり呂律が回っていなかった。

 おかしい……

 明らかに何かを隠してる気がする。


 ふとそこで、兄さんが違うと振り上げた手からまた、いつもと違う香りが漂ってきた。

 やっぱり、兄さんの匂いじゃない。

 そしてなぜか先日の朝の事を思い出していた。

 一緒に登校している途中に日花さんが来て、兄さんの腕に絡み付く。

 満面の笑みを浮かべ喜びはしゃぐ日花さんの顔は恋をしている人の顔だと思った。

 その時の胸の痛みが、いままた蘇ってきた。

 そして気が付く。この香りの正体に……


「…………日花さんとなにかあったんだ」


 考えもせず自然に口から漏れ出ていた。

 あっと思い、口に手を添えようとするも、それより先に兄さんの顔は驚きの色に染まっていて、


「……えっ?なぜそれを……」


 と、言う気のないことがバレてしまった時に無意識で口が動く様に滑らかに出てきてしまったものだった。

 そこで私は気づいてしまったのだ。

 二人は一緒にお風呂に入っていたという事を。

 それに気が付くとどうだろう、不思議と顔や肩から力が抜け落ちていった。

 心配や多少の怒りもどこかへいってしまった気がした。


「ちょっとカマを掛けてみたつもりでしたけど、本当に何かあったみたいですね……」


 なんの感情もなただ思ったことがダラダラと口から洩れつづける。

 ゴムパッキンが腐食していくら締めても締まりきらなくなった蛇口の様にゆっくりダラダラと。

 そんな私の様子を見て慌てたのか何とか取り繕おうと兄さんが口を開く。


「ご、ごめん七羽。黙ってるつもりはなかったんだけど、さっき風呂入ってたら突然、日花が……」

「日花・・?」


 流れ出続けるものが次第に熱をもっていうのが分かった。

 震えるわたしの腕を見て、また兄さんが上辺だけの言い訳をする。


  「あ、いや、華渕が、入ってきてさ」

 

  いま、私はそういう事が言いたいんじゃない!!

  どうして……

 

  「兄さん……いつから日花さんを下の名前で呼ぶようになったんですか?それになぜ兄さんが居る時にわざわざ入ってきたんですか?」

 

  兄さんは更に言訳を繰り返す。

  どうして……

 

  「日花さんに言われればそうするんですか? なんできたのかわからないはずないじゃないですか、意味もなく女の子が男の子の入っているお風呂に入ってくるなんてありえませんよ! それに日花さんですよ?兄さんだってあの人の気持ちくらいわかってるんじゃないんですか!!」

 

  どうして!!

  わかってくれないんですか!!

  日花さんの気持ちも、私の気持ちも!!


 そうだ、この時にちゃんとここまで言えばよかったのだ。

 その次の兄さんの言葉を聞かずに済むんだったら……言えばよかった。




「七羽には……関係ないだろ……」




 今まで、ずっと一緒に居て、初めての「拒絶」の言葉だった。

 もうそこから先は何も聞こえなかった。

 割り当てられた自室にいつの間にかたどり着いていて、枕を抱きベットの上に膝を抱えていた。

 何時間経っただろうか。

 壁に掛けてある時計を見上げると時刻はすでに朝方になっていて、外も白みだしてきていた。

 頭はボーっとしているのに目だけはつっかえ棒でもしてあるのかと言う程かたくなに閉じてはくれなかった。


 結局一睡もしないまま、帰りの身支度を始める。

 マモルちゃんの事、日花さんのこと、そして……自分の事。

 なんだかもう訳が分からなくなってきた。


「もう、帰って休もう」


 そう言って、荷物をまとめ終えた私はマモルちゃんの家を出ていくことにする。

 長い廊下を進み昨晩出入りした大きな入口の前には、私が来ることをまるで予見していたのか笹塚さんが笑顔で出迎えてくれた。


「おはようございます七羽様。お早い様ですがお帰りですか?」

「おはようございます笹塚さん。えぇ、今から帰るところです」

「左様でございますか……。よろしければご自宅までお送りいたしましょうか?」


 正直、頭も重いし、体も怠かったから笹塚さんのその誘いに乗ればよかったのだが、頭が回っていなかったのか結構ですと簡潔に断りを入れてしまっていた。

 心配する様に笹塚さんがもう一度伺ってくれたが、気が付けばそれも断っていた。

 言いたい自分はどうしたんだか……


 そう思いながらもまた出口へと足を動かし始めると、笹塚さんが私の背中に向かい、


「七羽様、なにかありましたらどうぞいつでもお呼び立て下さい。それと、老婆心によるものと思って聞き流して頂いても結構ですが、なにか……朔真様にお伝えすることはございますでしょうか?」


 この一言で、私自身、今の今まで忘れていた兄さんとの約束を思い出した。

 すると自然に笑みがこぼれる。

 けど、どうしても昨日の兄さんの言葉が頭をよぎっていく。

 でも、もし、また兄さんのそばに居てもいいのならきっと覚えていてくれるはずだと信じて……


「では……一言だけ、大事な用事があると言っておいてください」

「承知しました」


 笹塚さんはそれ以上何も言わずに笑顔のままゆっくりと扉を押し開くと、どうぞと促してくれた。

 私は促された通り屋敷の外へと出ていく。

 後にはいまだ扉の前で笹塚さんが笑顔で見送ってくれている。

 笹塚さんに手を振り、まだ朝特有の寒さが残ってはいる外で、今日も暑いほど晴れ渡りそうだなとかぼんやりと思いながら帰りの道を歩き出した。


(兄さんなんて大嫌い……でも、それ以上に大好き。だから、きっと来てくれるよね? 待ってるからね……)


 そう思いをはせながら、会った時はきちんとお話しようと誓うのだった。

如何でしたでしょうか?

初めての妹(七羽)の回でした。


次回もお楽しみに!!

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