13、好き+嫌い=やっぱり好き
日花に連れ込まれた御堂邸の客間には今来た俺達以外、誰も居なかった。
入口に居るメイドさんに案内され、客間の大きさに不釣り合いな小さ目の円卓に腰かける。
ゆっくりと腰を下ろしたと同時に、本当に俺達だけなのかが気になり、挙動不審気味に再度キョロキョロと辺りを見回してみるが結果は同じ。
並んだメイドさん数名と日花しかいない。
そんな俺の不振な様子を訝しんだ日花は、どうしたのとか聞いてくるがうまく答えられない。
歯切れ悪く何でもないと答えるのが精一杯だ。
だが、そんな俺の心情をまたしても知ってか知らずか、
「そう言えば珍しいね」
「何が?」
「七羽ちゃんがサクマと一緒に居ないのって」
「い、いや、普通だろ? 兄妹と言っても四六時中一緒ってわけじゃないんだからさ」
「そうなのかなぁ、昨日の夜何かあった?」
切り口が絶妙な質問を投げかけてくるわけで。
お前が風呂場に来るからこんなことになってんだよ!とかもここでは言えないわけで。
その問いへの答えは至極簡単に、別にの一言で終える。
その言葉を聞いてある程度は理解したのだろう、日花はあからさまに表情を暗くする。
「昨日の晩の事、七羽ちゃんに言われたんだよね……私がいきなりお風呂に行ったからいけなかったんだよね。ごめんね……」
いつもの元気が感じられない。
いつもならたぶん、あんまり気にすんなとか、家に帰ったらいつも通りだよとか、楽観的な答えを返してくれているはずだからだ。
昨日の風呂への突然の登場も、告白と言う一世一代のチャンスをものにしたくてやったことなのだろうが、やはり七羽への罪悪感だとか、今の俺への申し訳なさが出てきてしまっているのだろう。
だから俺は、しょんぼりと項垂れる日花の頭に手を置きポンポンと軽く撫でてやる。
「俺も七羽も大丈夫だ。お前が心配する必要なんかない。ただ、ちょっとだけ兄妹喧嘩しちまっただけだからさ。だから、お前はいつもみたいに笑ってろ」
顔を上げた日花は熟れたトマトの様に真っ赤にして、俺の掌をめいっぱい感じようとしているように少しだけこちら側に頭を傾けてくる。
それを拒むでもなく俺はもう少しだけ優しく撫でる。
「………ごめんね、七羽ちゃん。私はズルい娘なんだよ……」
日花は小さな声で何かを言っていたようだったが、その言葉がなんなのかは俺の耳までは届かなかった。
**********
結局、痕から遅れてきたのは銀田だけで、俺と日花が朝食を食べ終わるまでに七羽や御堂は現れなかった。
それと、銀田はと言うと昨晩の風呂での出来事をきれいさっぱり忘れているらしく、いつの間にか部屋に寝かされていたことを訝しんでいた程度だった。
つくづくおめでたいと言うか憐れと言うか……
部屋に戻り帰り支度をして、昨日同様屋敷の入り口に集まる。
時刻はちょうど10時。
いるのは今いるのは俺と日花と銀田の3人。
御堂はお気を付けてと言う言付けを笹塚さんに頼んで、自身はココへはこないということだった。
まぁあの状態になられても困るしそうなりたくないのだろうと思ったので、気にするなと伝えてくれと折り返し笹塚さんに伝言を頼んだ。
そして俺からの伝言を聞き終えると、3人に腰を折り集まったことを確認し、お送りしますと先を歩いていく。
その先を行く笹塚さんの背中に俺は声を掛ける。
「すみません笹塚さん、あの、七羽がまだ来ていない様なんですけど……」
笹塚さんは少し驚いたように目を見開いて伺っていないのですか?と続けた。
「七羽様でしたら、朔真様と華渕様が朝食を召し上がるよりも早くこの屋敷を出ていかれています。なにか大事な用事があるのだと言っておられましたがそれ以上は存じ上げません」
「大事な用事……ですか」
「はい。何やら楽しそうなお顔をされていました。ですがそれと同じくらい悲しげな瞳もされておられるようでした。ただの老人である私が感じた程度ですから気のせい、という事もあるかと思いますが……」
約束……約束……
そして俺は思い出した。
七羽としたデートの約束を。
そして俺は鞄も持たずに走り出す。
「ちょ、ちょっとサクマ! どこいくのよ!」
「どこって、七羽のところにだよ!! 悪いけどそっちはそっちで帰っててくれ!」
返事も待たずに俺は入口の方へと振り返る。
が、前のめりになった俺の目の前には笹塚さんが立ち塞がる様に立っていた。
「すみません笹塚さん、今急いでるんです。そこを通してもらえませんか」
「わかりました朔真様。ですがその前に一つ教えて頂きたい事がございます」
「……なんですか?」
焦る俺を目の前に、笹塚さんはゆっくりと語りだす。
「朔真様、あなたは、七羽様を家族、兄妹として愛されているのですか?それとも一人の女性として愛しておられるのですか?」
「……なぜ今そんなことを聞くんですか?」
「なぜ今、ではなく、今だからこそ、でございます」
「……俺は、七羽を一人の女性として愛している」
俺が言葉を発する前から答えはわかっていたのだろう。
笹塚さんは眉間に皺を寄せ、いままでで見たことも無いような険しい顔で俺を見据えている。
その目はすべてを見透かすように俺の目を、その奥を見ている。
たったの数秒。
それが数時間もの間くまなく見られたような感覚に陥りそうになった時、フッと笹塚さんの目元は弛緩し、いつもの柔和な笑顔でこうつぶやいた。
「わかってはおりましたが、やはり嘘偽りはない様ですね」
「当たり前です。この気持ちに嘘をつくような事なんてないですから」
「そうで御座いますか。であれば、わたくしから一つご提案がございます」
訝しむ俺に構わず笹塚さんは続ける。
「我が当主様にはすでに了承を得ておりますが、守様を朔真様の伴侶としてお迎え頂けませんか? もしこの場でご承知頂けるのであれば、この先一生の生活とそれを成せるだけの金額をご用意致しましょう。それに守様はスタイルもよろしいですし、なんでもそつなくこなすことが出来ますゆえ、朔真様のお隣を歩いていても胸を張るだけのお方かと思っておりますが……如何で御座いましょうか?」 「ちょっと待って下さい、なんでいきなり御堂と結婚しろみたいな流れになってるんですか? 俺は七羽が好きだって言ってるじゃないですか! といいますか、その話は御堂の父さんと笹塚さんの間で勝手に決めたことですよね? だったら尚更ダメです!」
「なぜでございますか? 当主の言いつけですから守様もそれには従わなくてはなりません。ですが最後にお決めになるのは朔真様になるのですが」
何なんだ!
笹塚さんのこの物言いに、言い方に、腹が立ってくる。
「本当に笹塚さんは御堂の……マモルの執事なんですか?そうあなんだったら、なんでマモルの気持ちを考えてあげられないんですか! あいつは俺の事が嫌いだって言った、他のやつが好きだとも言ってた! なのになんでそうなるんだよ! 呪いかなんかのことだってそうだ! あいつの気持ちなんかこれっぽっちも考えてねぇだろあんなの!」
はぁはぁと息を荒く吐き出し、笹塚さんに向かって怒鳴り散らす。
笹塚さんはただ黙って俺の言葉を聞いていた。
目を閉じ咀嚼する様にゆっくりと頷きながら。
俺の呼吸も落ち着きを取り戻した頃に、ようやく笹塚さんは目を開けた。
そして俺ではなくその後ろに向かって優しく語り掛ける。
「そういう訳でございます守様、そろそろよろしいのではないですか?」
マモル?どこに……
後を振り返ると、ほとりのメイドさんが顔を伏せたまま俺の前まで歩み寄ってくる。
俺の目の前まで来ると、パッと顔を上げたメイドさんはマモル本人だった。
目の端に大粒の涙を溜め、顔を真っ赤にしたマモルは何か言いたげに口を開くもまた閉じてしまった。
そんな様子に俺はなんだか一気に先ほどの毒気が抜かれて、ため息と共に肩の力を落とす。
「来てたんなら言えよ。せっかく遊びに来たのに帰りの挨拶もしないつもりだったのか?」
「い、いやっ、違うんだ!そういう訳じゃないんだ。ただ、その、お前に言わなくちゃいけない事があってだな、えっと、それを言えないままにはできなくて、何度も部屋に行こうとしたんだけどやっぱり行けなくて、朝食の時にでもと思って待ってたんだが、やっぱりダメで……結局いままで会えずに、えっと、いたんだ」
「そっか…昨日のことなら気にすんな。俺も気にしないことにするからさ。用はそれだけか?なら行くぞ?」
「いや、まだ……まだちゃんと謝ってない事があるんだ」
「ん? 今度はなんだ?」
マモルはえっとそのと繰り返し、何度も口に出して言おうとするがなかなか言えずにいた。
こっちは早く七羽のところに行かなきゃいけないってのに!
「なぁ、言わないならまた後で頼むわ。俺は今急いでるんだ」
「え、いやっ、待って……」
「朔真様、昨日の事……朔真様が言っている呪いについてですがあのようなものは存在しません」
「はぁ?」
笹塚さんのいきなりの告白に俺の思考はいっきにフリーズする。
えっ?ちょっ、なんで?
と先からこのワードがひたすらぐるぐると頭の中を駆け巡っていた。
笹塚さんは状況を飲み込めない俺の頭にもわかりやすいように、事の真意を教えてくれた。
その間、マモルは頭から蒸気が出るんじゃないかというほど顔を真っ赤にして、うーうー唸っているようだった。
「昨日の晩、守様が言っていたことは全て嘘で御座います」
「はは……嘘? マジで? 嘘? 嘘なのか?」
「はい、嘘でございます」
「じゃあなんでそんな嘘を……あんな恥までかいて……」
「それは守様が、」
そこまで笹塚さんが言うと、突然マモルが目の前に立っている俺に抱き付いて叫ぶ。
「それは僕が……お前の事が……サクマの事が好きだからに決まってるでしょ!」
「は?……はぁぁぁぁ!? んな、なんでだよ!嫌いだって言ってただろ!」
「えっと、それは……その……」
「恥ずかしくて本音が言えなかったのでございます」
「違うっ! いや、違うくは無いのだのが、その、ええっと、だからその………もう!!笹塚の所為でちゃんと行けなくなっちゃったじゃないの!!」
「ほっほっほっほっほっ」
知れっと二の句を奪い愉快そうに笑う笹塚さん。
それに真っ赤な顔で噛みつくマモル。
結局、マモルはあうあう言って何にも言えず、話が進まなかった為、笹塚さんが教えてくれた。
曰く、俺と初めて会った日(誰かを待っていた七羽を校門で見つけた日)に俺に一目ぼれしたらしい。
それからというもの七羽にくっ付いていれば俺に会えると思ったらしいマモルは必要以上に七羽にべったりだった。
んで、一緒に飯を食おうかと昼休みに一緒になったが、あまりの緊張のあまりおれが嫌いだと謝って宣言してしまったらしい。
もんもんと悩み、思いついたのがあの呪い作戦だったという訳だった。
俺に無理矢理迫り、体の関係を持ってしまえば、既成事実として付き合えると思ったらしい。
その後、途中までうまくいきかけたのだが七羽の乱入により作戦は破たん、そして気まずさと嘘だけが残って更に話しかけづらくなってしまったという事だった。
「お前……アホか」
「僕だってそんなくだらないことよくも思いついたもんだと思ったさ! でも、どうしてもサクマが好きだったんだよ、一緒に居たかったんだよ、ずっと話をしてたかったんだよ!……そう思ったらもう、なりふり構っていられないと思ったんだ」
マモルはそう言って、抱き着く腕に更に力を入れた。
「サクマの気持ちは嫌ってほどわかってる。でも、私の気持ちもそう簡単に捨てられそうにない。だから、その…これからは覚悟しておくんだな! 僕が君の心をナナちゃんから奪って振り向かせてみせるよ。だからまずは……」
俺よりも身長が高いメイド姿をしたボクっ娘マモルさんは、少しだけ身をかがめると頬にキスをした。
「そこにキスで我慢しててね。未来の旦那様っ!」
「お前……」
互いに顔を赤くしていると引きはがす様に日花が間に割り込む。
「ちょっとマモルちゃん聞いてないわよ!あなたまでサクマが好きなんて!!
「当たり前だろう!誰にも言ってなかったんだから!というかあなたまでと言うのはなんだ!まさか……日花も好きだとかいわないだろうな!」
「それがどうしたって言うのよ!私は貴方より先に告白してるんだからね!っていうかいきなりキスとかなんなのよもうっ!」
「なんだとはなんだ!この中途半端娘!」
「なによこの男の娘!」
バッチバチ火花を散らしてにらみ合う二人。
俺はそっと笹塚さんに目配せをして家まで送ってもらう様にお願いした。
笹塚さんは静かにかしこまりましたと言うとすぐに車を外に用意しますと言ってこの場を後にした。
そして俺は盛大にため息を吐きつつ、七羽に会うために意気込み頬を両手で叩き気合いを入れる。
「七羽、待ってろよ!」
如何でしたでしょうか?
毎度のことながら連休後の投稿となってしまいました。
ごめんなさい……
更新頻度がマチマチですが今後もよろしくお願いします。
次回もお楽しみに!!