12、憂鬱な朝じゃないか?
あの嵐のような風呂事件後、俺はすぐに御堂邸で割り当てられた個室に戻った。
もう何も考えたくなかったからだ。
華渕……もとい、日花は俺の事が好きだった。
でも俺は七羽が好き。
それでも日花は俺が好き。
御堂は七羽の事が好きだが、代々伝わる呪い?の所為で俺の近くに来ると強制的に俺好きモードにチェンジする。
もう何が何だかよくわからない。
俺はただ七羽を好きでいたいだけなのに、どうしてこうも話がこじれるんだ。
面倒が面倒を呼び、更に面倒に巻き込まれる。
そう思ったら誰も居ない一人でいるこの空間に対しても自然と、
「あ~、ダメだ~。俺にはさっぱりだ。助けてくださ~い……」
なんて呟きたくもなる。
見上げる天井、何もない空間に俺と七羽……
えっ?
「どぅわっ!! いつの間に居たんだ七羽!!」
「いつの間にって、兄さんがお風呂から出て帰ってきてからすぐですよ。ドアをノックしたらどうぞって言って入れてくれたじゃないですか」
えっと……マジ?
まったく覚えてないんだけど。そこまで俺は考え混んでいたのか……
七羽にとんだ姿を見せてしまった。
自己嫌悪からガシガシと頭を掻きむしって悶える。
「ど、どうしたんですか兄さん! なんかおかしいですよ、それにさっき助けてって言ってたのは何でですか? 何かあったんですか?」
「いや、なんでもないんですますよ」
言えるか!
さっき風呂場で、日花と裸同士で向き合いながら告白されてました!テへっ!
とか言ったが最後、いろんな意味で終わる!
兄としても男としても世間体としても、何もかも!
「なんですか、ですますよって。………兄さん、何かありましたよね?」
「いえ、別に何もございませんです、はい」
「…………日花さんとなにかあったんだ」
「……えっ?なぜそれを……」
マジか!なんで七羽がさっきの事を知ってんだ!
まさか日花が言ったのか?
いや、あいつはさっき弁当がどうとか言ってたしそこんとこは大丈夫なはずだ。
銀田は今頃野犬か何かに処理されてるだろうし、笹塚さんとかメイドさん達はそもそも居なかった。
正真正銘、俺と日花だけだったはず!
そしてそこまで考えてから七羽の顔を見て愕然とする。
ものすっごい冷めた目で見られていたのだ。
そこで俺はようやく気が付く。
まさか……
「ちょっとカマを掛けてみたつもりでしたけど、本当に何かあったみたいですね……」
ですよねぇ……
今さっきそれに気が付きました。
誰もが思っている通り、時すでに遅し。
普段はめったなことが無い限り怒らない七羽も、今回ばかりは怒りを感じずにはいられないと言った感じ眉間に皺を寄せ集めていた。
だが待て、ここでまずは説明しておかないと更にまずいことになる。
このままじゃ家にも一緒に居られなくなる危険性が……
そう思うと焦りが先に立ち、違った意味で口が滑らかになる。
そう、つまりは言わなくていいこともすんなり出てきてしまうのだ。
「ご、ごめん七羽。黙ってるつもりはなかったんだけど、さっき風呂入ってたら突然、日花が……」
「日花?」
「あ、いや、華渕が、入ってきてさ」
「兄さん……いつから日花さんを下の名前で呼ぶようになったんですか?それになぜ兄さんが居る時にわざわざ入ってきたんですか?
「えっと、なんで来たのかはわからないが、下の名前呼んだのはそう言えと脅されたらでして」
「日花さんに言われればそうするんですか? なんできたのかわからないはずないじゃないですか、意味もなく女の子が男の子の入っているお風呂に入ってくるなんてありえませんよ! それに日花さんですよ?兄さんだってあの人の気持ちくらいわかってるんじゃないんですか!!」
この時俺ははっきりと全てを言えばよかったのだ。
やましいことなど何もしていない。確かにお互い裸だったってのもあるけど断じて俺は手を出してはいない。まぁ見るとこは見てしまったけど……。
それに、告白されたがすぐに断った。
俺は七羽が好きだとはっきりと言ってやったんだ!
と、そう言えば分かってもらえたはずなのだ。
だが俺は馬鹿だった。
「七羽には……関係ないだろ……」
「…………」
「ッ……ごめん、そういうつもりじゃなかったんだ、ただ俺は……」
七羽は何も言わずにゆっくりと立ち上がり入ってきた扉を開け、振り向きもせずに出て行った。
キシキシと音を立てるベットと、そこに残った七羽の温かさだけが残った。
何分が経っただろうか……
音も止み、残っていたはずのぬくもりもすっかり冷めてしまった頃に、ようやく俺は後悔と言う文字の意味を理解した。
やってしまった。
事の後になって過ぎ去ってしまってから悔いる。
これを後悔と言わずしてなんというのだろうか。
事が起きる前に悔いればよかったのだろうか。
いや、それは悔いとは言わない。
なんであんなことを言ってしまったのだろう。
今日一日があまりに濃厚過ぎて疲れてしまったのか。
それもあるだろう。
たぶん考えすぎない様にしていたのが仇になったのだ。
その時に解決しようと思ってずっとしまっていたままにしていたのがいけなかった。
そんな時に七羽の言葉を聞いてしまって、ついにはキャパオーバー。
七羽に意味のない八つ当たりをしてしまった。
「俺は、最低だ……」
今度こそ誰も居ない一人の空間に呟いた。
その声はしっかりと響き、また俺の中に帰ってきた。
ダメだ。今度こそダメだ。
疲れた……
ベットに倒れ込むと、何かを考える間もなくすぐに意識は遠のいていった。
**********
いくら起きたくなくても朝はしっかりとやってくる。
気怠い体を起こそうとした時、ふいにを扉をノックする音が部屋に響く。
口を開くことすら面倒になりそのまま黙って天井を見上げていると、俺が起きていることを察しているのか扉越しに執事の笹塚さんが声を掛けてくる。
「サクマ様、ご朝食の準備が整っております。そのままで結構ですので昨晩の客間ままでおこしくださいませ、必要なければメイドなどにお申し付けください。それでは失礼致します」
笹塚さんの気遣いに何も答えないまま無視と言うのも気が引けたので、簡単に行きますとだけ伝えた。
俺の言葉を聞いた笹塚さんは、承知しましたと一言返す。
姿は見えないが、笑顔で深々と腰を折る様子が見て取れる様な嬉しそうな声だった。
さて、着替えも済ませたことだし客間まで行こうか。
とか思ったのだが、扉に手を掛けたまま5分が経過してしまっている。
開けようとノブを回すもそのままの状態で硬直しては戻すを繰り返していた。
「顔合わせづれぇ……」
この一言に尽きる。
いっそさっき笹塚さんに断りを入れるべきだったとまた後悔する。
いやいや、後悔なんぞするな!
自分で行くって決めただろ!ならさっさと行くぞ!
とか何度目かわからない気合いを入れてはいるが体は微動だにせず。
あまりのチキンっぷりに嫌気がさし、もう少し時間を置いてから行こうとドアノブから手を離した瞬間、扉が勢いよく開いた。あちら側から。
まぁ当然の結果、
「ぎぃやぁぁぁぁ! 鼻がぁぁぁ!!」
「ええっ!! なんでそこにいんの!?」
勢いよく扉を開いた日花による鼻へのダイレクトアタックがクリティカルヒットしたのだった。
涙目で鼻を押さえながら訴える俺に、下をちょろっと出してごめんねと軽く謝罪をしてくる。
「ごめんじゃねぇよ、ごめんじゃ! 俺の鼻が七つのドラゴンの球を集める冒険ファンタジーに出てくるセ◯の第二形態にみたいになったらどうするつもりだったんだよ!! 自爆するしかねぇじゃねぇか!!」
「サクマの言ってることはこれっぽっちも理解できないけど、とにかくごめんってば。せっかく朝ごはん一緒に食べようと思って迎えに来たんだよ!」
「知るかそんなん! 頼んでねぇんだよ、頼んで!」
「ぶ~、サクマのいじわるぅ……だったらいいもん、今からお願いするから。ね?いいでしょ?一緒に行こう?」
行こうと思ってたナイスなタイミングで日花からのお誘い。
腹も減ってるし躊躇って開けられなかった扉も開け放たれている状態なのだからむしろ好都合だ。
だが、気持ちだけはどうにもこうにも扉の外には出ようと言ってくれない。
俺の心情を知ってか知らずか、元気な声でしゅっぱ~つ!と言って腕に腕をからめて無理矢理俺を引き摺って行く。
「頼むって言っておいて俺の返事は無視か!」
「ええ~、どうせ朝ごはん食べるんでしょ?なら一緒に食べた方がおいしいよ?ってことで連れ出してあげたの!それに……好きな人と朝からご飯って憧れだったし……ね!」
なんか積極的になった日花に俺はなすすべもなく、腕を引かれていくのであった。
七羽への後ろめたさが半分と、日花への感謝が入り混じった何とも言えない感覚のまま。
如何でしたでしょうか?
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次回もお楽しみに!!