10、そうしてこうなったのね……助けて妹様!
「はぁ?」
俺はもう頭の上どころか、下も左右も前後までくまなく疑問符を浮かべまくっていた。
だってそうだろ?
こいつ昨日なんて言ったと思う?
ナナちゃんが好き!とかなんとかのたまってただろ?
それが何でいきなり俺にプロポーズ?
いやまて、これは俺じゃなくて俺の周りの誰かに対してかもしれない。
前後左右上下を確認……もちろん俺しかいない。
うむ、おかしい。ならば誰に対してこいつは言ってるんだ?
もう疑問が膨らみ過ぎてギブだわ。
………帰るか。
いまだ顔が真っ赤の御堂に、じゃあまた明日な!と言って再び扉に手を掛け出ていこうとすると、神の如き速さで扉まで来てバシッと止められた。
「な、な、な、なんで帰るのだ! 僕が一生懸命告白したのに返事も無かったではないか!」
「えっ? あれ俺に言ったの? 何かの間違いだよきっと。それじゃあまた明日な」
「ちょっと待ったちょっと待った! だから返事はどうした?!」
「え? その前に意味わかんない。お前、七羽が好きとか言ってたじゃん。それが急に俺? んな馬鹿な話あるか! 散れ!」
「散れとはなんだ散れとは! 理由はあるさ。うちの……御堂家には代々受け継がれているしきたりがあるのだ。そのしきたりは絶対に守らなくてはいけないんだよ」
はぁ、さいですか……
そんなん知らんし、俺に関係なくね?
そう告げるが、まさにそこが俺にジャストで関係ある部分だった。
「それは、初めて裸体を見せた異性と結婚することなのだ」
「おぅふ……めっちゃ俺じゃないですか……って待て、俺が一番最初? 今まで誰にも見られたことないなんて嘘だろ!」
「まずは話を最後まで聞け。そのしきたりには続きがあってだね、15歳になった頃から初めて見られたらという事らしい。ちなみに私の誕生日は5月16日。お前に体を嘗め回す様に見られたあの日でちょうど15歳になったところだったのだ」
「それこそ嘘つけ! その日が誕生日でその日に見られるとかもうお前アホだろ! ってかそれにおれが初めて見たって証拠はあるのかよ」
「……ある」
そう言って、御堂はおもむろに今着ている部屋着用ワイシャツの前ボタンを外し始めた。
本人もやっていて恥ずかしいのだろうが、手はスムーズにボタンをひとつひとつ外していく。
少しづつ露わになる、透き通った肌の胸元に視線が吸い寄せられる。
と、その谷間のちょうど中心に紅い色使いの刺青の様な何かが見える。
御堂はワイシャツの上半分を外し終えると、胸の谷間がよく見える様にシャツを左右に広げ、その刺青を撫でる。
「この痣はな、お前が僕の体を見たその夜に浮かんできたものなんだ。それに今この痣は紅いだろ? これは近くにその対象者がいると紅くなって好意の感情を私から引き出してしまうものらしい。たとえそれが嫌いな相手でも、好きな人の兄でもだ」
「マジか、なんだそのファンタジー設定は! じゃあ離れればその痣はなくなって俺の事なんて何ともなくなるんだろ?」
「痣自体はなくならないが、お前が来る前は色が青だった。 それにその時はお前の事なんか死ぬほど嫌いだったんだ。私からナナちゃんを奪う憎き兄が疎ましかったのに…… でも、今は……この痣の所為なのかお前の事が好きで好きでたまらないんだ!」
とか言いながら、胸元全開で俺に抱き着こうとする。
が、俺はそれを全力で回避する。
なんでこんなおいしい場面で、据え膳状態から逃げるのかって?
決まってるだろそんなの、七羽と約束したからだよ!
とは言ったものの目の前の、物体に視線が奪われ、動きが緩慢になってしまう。
なんて恐ろしい呪いだ。あれは男限定で絶大な呪いの効果を発揮する宝珠だ。
唯一の救いは、下着である程度その効果が半減されているお蔭かもしれない。
もし下着が無かったら、今頃俺は二つの満月の効果で内なる狼を目覚めさせていたことだろう。
だがこの状態が続くようなら非常にまずい。
まずはこの部屋から出ないと!
「ま、まぁまずはいったん落ち着け御堂、俺は一回部屋から出るからな? 冷静になろう、冷静に」
「ハァ、ハァ……僕はいつでも冷静さ。そう、今もきわめて冷静な状態であると言える。だからな、だからな、サクマ……ハァ、ハァ、今すぐ私のモノになればいいのさ!」
「だぁぁぁぁ! 聞いてねぇし、落ち着いてもねぇし、冷静さなんて微塵もねぇぇぇ!」
狭い部屋の中を駆け巡る。
だが揺れる二つの宝珠が気になってしまいついつい見てしまう。
そしてついに恐るべきことが起きてしまったと言うか、起きるべくして起こったと言うか。
そう、俺は部屋のいたるところに転がるヌイグルミに足を掴まれ(引っ掛かっただけ)て転倒した。
そこに素早く馬乗りになり、覆いかぶさる御堂。
眼が血走ってる気がするが気のせいではない。
もはや、しきたりとかじゃなくて、呪いとか暗示とか薬物とか、とにかくそう言ったもので精神やられてるとかしか思えない!
抵抗も空しく、そのほっそりとした腕からは考えられないような力で俺を押さえつけて、ゆっくりと制服のボタンを外していく。
「誰か、誰か助けてくれ!」
「無駄だよサクマ……この部屋はカラオケルーム以上の防音性能を誇る上に、壁の厚さも通常の倍は厚いからからね。僕の言っていることが……わかるだろ?」
「マジっすか? イヤァーー!! 七羽、助けてぇぇ!」
「無駄だと言ってるのに往生際が悪いね。でもそんなサクマも大好きだよ」
さよなら今までの俺。今日から僕は不本意ながらも大人になります。
さようなら華渕、お前のスイカの感触は忘れない。
さようなら銀田、もう童◯仲間じゃなくなるね。
そして、さようなら、七羽。兄さんは金持ちの家のお婿さんになります。
目を閉じこの先待ち受ける運命に身をゆだねようとしたその時だった。
扉がガチャリと音を立て動いたと思ったら勢いよく扉が空き、馬乗りになる御堂を何者かが羽交い絞めにする。
「兄さんの上から退いてマモルちゃん! 兄さんは私のだよ!」
「七羽……七羽なのか? なんでここに? ってかどうやって、」
「兄さんがいつまでもマモルちゃんと戻ってこないから心配でお世話してもらってたメイドさんに連れてきてもらったの。そしたら扉の外に笹塚さんが居て、中ではたぶん兄さんとマモルちゃんが夫婦になる儀式ををされてることでしょうとか言ってたから慌てて入ったんだよ」
「ナナちゃん! お願いだナナちゃん! 兄さんを……サクマを僕にくれ!」
「それはダメっ! 兄さん今のうちに逃げて!」
ハッとする。いきなりの妹登場に思わずぼけっとしていた。
俺は、慌てて這い出して部屋から飛び出て振り返ると。
どうやら御堂は正気を取り戻していたようだった。
痣も今は青色に戻っている様だった。
「あれ……僕はいったい……っは!!」
自分の今の姿に気が付いたのだろう。
フルオープンの胸元を隠しきれるはずもない細い腕で隠す。
その光景をまじまじと見入ってしまった俺に、七羽が冷めた目で一言。
「不潔ですッ!!」
と言って、その扉をバタンと勢いよくしめた。
あれは俺が悪いのか?そう思いながら、無事に大人になる前に自分を守ることが出来たと安堵した。
これは俺が大事に大事してきた称号だ。
この称号の効果を発揮させるときは、ここではないのだ。
でも、妹に助けられるという兄としても男としてもどうかという感じの黒歴史が残ってしまった。
挙句の果てに女子も顔負けの叫び声まであげてしまった。
死にたい……。
ガックリ項垂れる俺の肩にポンと手を置き慰めてくれる笹塚さん。
なにしれっと慰めてくれちゃってんのこの人は!
そもそもあなたもアレ知ってて仕組んだんだろうが。
この執事の所為で俺の称号に失事が起きるところだったわ!
あぁ、気が付けば廊下の壁掛け時計は夜の8時を指し示している。
もう夜じゃないですか……俺と七羽は家に帰れるんですかねぇ……なんて現実逃避をしてみた。
先日は変な時間に更新してしまいすみませんでした。
今回は如何でしたか?
ご意見ご感想、いつでもお待ちしております。
それでは次回もお楽しみに!!