異世界転移は貴重な経験
「…というわけでして、アキト様にはぜひ私の管理する世界に転移して、かの地を救っていただきたいと」
「ふむ…」
高校に入学して数日経ったある日、俺の部屋に突然女神が現れた。管理している世界の因果関係が狂いに狂って不毛の地まっしぐらだそうだ。
で、別の世界の要素たる俺を投入することで、その因果律を正常な形にしたいらしい。詳しいことはわからないが、要は『刺激』を与えたいようだ。
「でも、因果関係が狂ったって、管理に失敗したんじゃ…」
「近隣世界の崩壊に巻き込まれたんです…」
泣きそうな顔をしたので追求するのはやめた。
別の世界のとばっちりをくらった形なので、上位神から異世界転移付与の許可を得たらしい。ちなみに、俺達の世界は『管理が不要となった自治世界』のため神はいないらしい。いいのか悪いのか。
「『転移能力』や『死に戻り』で、こちらの世界の転移した直後の時点に戻ります。再度向こうの世界に転移した時も、やはり直後の時点となります。肉体年齢はそれぞれの世界で継続するよう自動調整されます」
「肉体年齢の調整?そんなことできるの?」
「はい。転移といいましても、実際に移動できるのは『情報』のみです。転移する際に物理的な肉体は一度分解され、もうひとつの世界でその情報に従って再構成される、という仕組みです。その再構成の際に調整されるわけです」
「なんか怖いな…」
「ここは御理解いただくしかないかと…。ちなみに、私は『情報』のみの存在です。そういう意味では、神と同レベルの扱いとなります」
なるほど、少し安心した。
「でも、なぜ俺に?特に報酬らしい報酬はないようだし、断るかもよ?」
「大変失礼ながら、事前に神の視点で心や環境を調査し、アキト様なら断らないだろう、と判断した上でお願いしています」
「むう」
命の保障があり、こちらの世界で行方不明扱いにもならない。なら異世界に行って活躍してみたいし、その経験自体が俺にとっての報酬のようなもの、とすぐ思ったのは確かだ。
「わかった、引き受けよう。ただし、条件が…」
「はい、既に承知しております」
「おおう…。じゃあ、よろしく」
体が光り、転移能力が身についたことを感じ取る。
「じゃあ、行ってくるか」
「はい、よろしくお願いいたします」
◇
その地は、剣と魔法のファンタジー世界そのままだった。現地で名乗る名前を決め、村や街の人々と交流し、ギルドに登録して仲間を集め、魔物や悪人と戦った。
いわゆるチート能力は付与されなかったが、元の世界では義務教育レベルの科学や文化の知識で効率を上げ、作戦を立て、組織づくりをした。『勇者』やら『天才』やらと呼ばれるようになるまでそれほど時間はかからなかった。
「このような優れた技術、無償で広めるのですか?」
「そうしないと、普及しないから」
計算方法ひとつ、料理レシピひとつ持ち込んでも影響ありまくり、というのは、異世界転生モノのお約束だ。おかげで、死に戻りもせず、順調に事は進んだ。
3年ほど経った頃には、常に魔物が徘徊するような状況はなくなり、戦争の類も少なくなった。経済システムには手を出さなかったが、穀物栽培の改善で飢餓は見られなくなった。
「そなたには爵位を授け、我が国で更なる貢献を…」
「お断りいたします」
政治システムにも手を出さなかったせいか、王族・貴族が支配階級なのは変わらない。もっとも、奴隷制度をなくし、庶民も相応の生活水準を維持できるほど力をつけたこともあり、上流階級といえど以前ほど暴力的ではなくなった。が、制度は残っているので、国王のひとりからは褒美がどうとか言われる。
「では、王子との婚姻はどうだ?第一王子とは冒険者として共に活躍した仲であろう?」
「それとこれとは別でございます。彼には既に同じパーティに恋人がおります。彼女をぜひ王太子妃に」
そう、女神に出した条件が『性転換』だ。せっかくの『再構築』なのだから、完全な異性を経験するのは、異世界転移と並んでこの上ないチャンスだ。
特に容姿は指定しなかったが、いい感じの美少女となった。現地の名前は『アリア』とし、男のままではまずできない経験を得ることができた。いやもう、たっぷりと。
「しかし、そろそろ潮時かな…。このままだと子作りさせられそう」
女神からは、1年ほど経った時点で既に役割を果たした旨聞いている。あとの2年は報酬分と言ったところか。なので、いつでも帰還できる。
「よし、帰ろう。ちょっと名残惜しいけど…」
◇
元の世界に戻った俺は、異世界での経験を活かし、順風満帆な人生を送ることができた。命の保障があったとはいえ、過酷な世界で得た行動力と判断力、人脈形成のノウハウは、とんでもなく役に立った。
大金持ちにもなれたかもしれないが、豪快に没落した貴族を目の当たりにした経験から、誘惑に負けず地道な努力を続けた。
「アキトって派手じゃないけど、なんか安心できるのよね」
「そう?人畜無害の『いい人』ってことかな?」
「そういうわけじゃないけど…」
一番の経験はやはり性転換だった。異世界とはいえ、3年も女として過ごしていれば、女心やらなにやらが理解できるというもの。特に、『女から男はどう見えるか』。この辺を直感的に理解した瞬間、それまでの男としての自分自身の言動を思い出して悶絶したのもいい思い出だ。
そういうわけで、異性関係は特に順調だった。いや、別にハーレム築いたとかそういうわけではないけど。男の嫉妬深さもよく理解しているとでも言おうか。
結婚して子供が生まれ、何年か過ぎたある日のこと。
「お父さん!さっき女神様が現れた!詳しいことはお父さんに聞けって!」
「ぶほっ」
あの女神、たった1年で解決した俺のケースが上位神に認められ、様々な世界の救済担当として忙しいらしい。
で、俺の子供には何もせずとも転移能力が備わっているらしい。『情報』としての遺伝子に組み込まれているようだ。性転換を含めて。
「うーん…。お前がその気なら、いくつかアドバイスしよう」
「ホント!?やったー!」
「すごいやる気だな…」
生まれた子供は、あっちの世界の俺にそっくりな娘に育っていた。正直、娘に男としてのあれやこれやを経験させるのは忍びないのだが、俺の異世界経験がこのようなバイタリティあふれる娘を生み出してしまったと考えると、本人にとってはその方が良いのかもしれない。
「お母さんには内緒な。まあ、言っても信じないだろうけど」
「もちろん!あ、お父さんも一緒に行く?女神様が『前回の転移の続きとして活動できる』って言ってたよ」
「マジですか」
異世界転移と性転換は代々の家業となりそうである。
『カクヨム』にユーザ登録して何か試しに投稿しておこうと思って書いた短編だったのですが、書いた後に『カクヨム』に短編機能はないことがわかり、もったいないのでひさしぶりにこちらに投下してみました(酷い)。