08『やってみたかった事』
最近暑くなってきましたね……
風呂に入り、隅々まで汚れを落としたアイシャは現在自室のベッドに腰掛け、首からバスタオルを下げて、火照った体を冷ましながらふと、大浴場の事を思い出していた。
シャワーは三台完備、その全てに石鹸と、シャンプーが備え付けられている。浴槽はルドルフが入っても、湯水が溢れないであろう大きさで、数人が同時に入浴しても狭苦しいなんて言葉はまず出てこないだろう。
ここまでの規模となると、相当の維持費が掛かる筈だ。
「家賃待ってくれるって言ってたけど……管理人さんは、お金大丈夫なのかな」
内心不安になる。
「何日もこうやって頼り続けるのもいけないし、早くお仕事見つけなきゃ」
一つ大きく頷いて決意を露わにする。そうでなければ今度こそ、ルドルフに何をされるか分からない。
何度も言うが、彼はゴブリンなのだ。略奪の限りを尽くし、目に付いた他種族の女に襲い掛かり、孕み袋にしてしまう様な危険な種族なのだ。アイシャに優しい素振りを見せ、裏で着々と我が物にせんとする計画を練っているのかも知れない。
「……そろそろ出かけよう」
拳をぎゅっと握りしめ、アイシャは部屋の外へと出る為に扉を開く。
「おう、びっくりした」
扉を開けて直ぐ、アイシャの目の前にはノックをしようとしていたのか、右手の甲を前にして、上げていたルドルフがいた。左手には何かを詰めた小さな箱を持っている。
ルドルフが驚いたのと同様に、アイシャも肩をぴくりと跳ね上がらせ、後ろへ一歩後ずさりした。
「えっと、あの、何か御用ですか?」
おずおずとアイシャが尋ねる。
「ずっとやってみたかった事があンだよ、一人じゃ出来なくてな」
ルドルフはにやりと笑いながら、そう言った。
「へ、へぇ、そうなんですか……」
アイシャ平静を装いながらも、自分が既に逃げられない状況にあると分かった。仮に無理矢理逃げようとしても、一瞬で抑えられてしまうのがオチだろう。
「へへ、ずっと憧れてたンだよ……」
ルドルフが不気味に笑う、それだけでアイシャにはかなりの威圧になっていた。
万事休すと、アイシャはぎゅっと目を瞑り身を強張らせる。
「これ朝ご飯なんだけどよ、作り過ぎちまってさ」
全くもって普通の言葉がルドルフの口から放たれると共に、ルドルフが手に持っていた箱からとてもいい香りがアイシャの鼻腔をくすぐった。
「あ……」
途端に、アイシャの腹の虫が本人の意思と関係なく鳴り始める。そう言えば、何も食べていなかったとアイシャは顔を赤くした。
「誰かに料理を作り過ぎたから、要るかってやり取り。 小せェかも知れねェけど、ここ建ててからずっとやってみたかった事なンだよ」
「あ、えと……頂いてもいいんですか?」
「どうせ食う物無ェだろ? 冷めねェ内に食いな」
そう言いながら、ルドルフは満面の笑みを浮かべる。
先程までのルドルフの不気味な笑みはそこには無く、アイシャには眩しいくらいの笑顔に見えた。
「それじゃあ、いただきます」
ルドルフから料理の入った箱を受けとったアイシャはその場で料理を口にした。
優しく、とても温まる味にアイシャは感じた。
「おいしいです、とても」
調理を口にしながら、微笑を浮かべる。
「そうか、口にあった様で何よりだ」
夢中になって料理を堪能するアイシャを、ルドルフは食べ終えるまで見守った。
ちなみにルドルフさんは料理上手なのでお世辞でもなんでもなく、美味しいです。