17『アグリーとルドルフ』
「断る」
ルドルフは一言だけ言って両肩に乗ったアグリーの手をそっと離す。
「そこを何とか頼むぜェ~」
「何回言っても変わらねェぞ、諦めろ」
「頼むよォ~」
手を離され、再度断られたアグリーは、去ろうとするルドルフの足にしがみつく。
「おめェがいるだけで、仕事の効率がグンと上がンだよォ~!」
「俺がいなくても仕事回る様に出て行く前に、後輩達の教育はしっかりした筈だろ!? 後それ止めろ、みっともねぇ!」
気づけば、ルドルフの足にしがみついているアグリーは涙で顔がぐしゃぐしゃになり、更に醜悪な顔になっていた。
「そうだけどよォ……やっぱおめェがいるのといないのじゃ全然違うンだよォ~! 俺らが鉄骨一本運んでる間におめェは六本運べる、作業効率が段違いなんだよォ……」
「その六本分を補う為に、たくさん雇って教育したンだろうが、そいつらまで出て行った訳じゃねえだろ?」
「誰一人として出ていってねェけどよォ……」
つい二ヶ月程前まで、ルドルフは工事現場で働く作業員で、アグリーもまた同じ作業員として働いていた。体格が良く、力持ちのルドルフは当然他の作業員よりも仕事の効率が極めて高く、皆から頼られる存在であった。
ルドルフが抜ける事になった時、抜けたその穴は非常に大きな物となってしまうと考え、後任の育成に力を入れ、その穴を埋める事が出来る様にしたのだ。
「おめェが戻って来てくれたらよォ、皆喜ぶし親方もかなりの好待遇にするってェ言ってたぜェ?」
「……そうか」
その言葉を聞いてルドルフは目をそっと閉じる。そして、一度深呼吸をして再び目を開けた。
「おやっさんには悪ィけど、今俺はようやくやりたかった事を始められたンだ、戻るつもりは無い、そう伝えれくれ」
好条件を提示されても、ルドルフの答えが揺らぐ事は全く無かった。
「……そォか」
アグリーも諦めがついたのか、息を吐いて小さく笑みを浮かべた。
「戻る気ィになったら教えてくれや、いつでも歓迎してるぜェ」
「ま、金が無くなったら考えるよ」
「……それ俺が生きてる間に起きる事かァ?」
「さァな、じゃあまたな」
久方ぶりの同僚との会話に花を咲かせたルドルフは、手をひらひらと振ってアグリーと反対に向かって歩き始める。
「あァ、またな」
アグリーもズボンのポケットに手を入れてその姿を見送る。
「あ、そうだ」
ふと、何かを思い出したかの様にルドルフは歩みを止めて今一度アグリーの方へと振り返った。
「アグリー、一つ聞きてェンだが」
「どォした?」
「ジャニュアって、十五歳くらいの奴が働きたいって言って断られる事あるか?」
「あァ? 何言ってんだおめェ」
唐突に雇用に関する質問をされたアグリーは素っ頓狂な声を出した。
「どうなんだ?」
「どォっておめェ……自分が一番分かってンだろォ? ジャニュアの掲げてる言葉は何だァ?」
「『やって来る者拒むな』だろ?」
たとえどんな見た目や種族だったとしても、全て拒んではならないと言うものだ。多種族共生国家の中でも最も平等を謳っている。
「そォだ、どんなに若かろォが働きたいって言ってンなら断っちゃなんねェ、十五歳の奴なんざァ断られる訳ねェだろ、東部ですらそこだけは揺るがねェのに」
「だよなァ……」
ルドルフは店主に懇願しているアイシャを思い出す。やはり、断られる事がどうしても腑に落ちなかった。
「と言うかそれ以前に十五歳が働きてェだ? 両親がいない訳じゃァあるめェし」
「あ、そうか」
「そォだよ」
一般的に十五歳の子供ならば、自立するには少し早い時期だろう。アイシャも身なりはボロボロだったとは言えまさか両親がいない筈は無いだろうと、ルドルフはそう考えた。
「んー、ありがとな、今度奢るわ」
「お、楽しみにしてるぜェ」
ルドルフはアグリーにそれだけ言い残すと、その場を去った。
今夜、アイシャに確認したい事を頭の中にメモしながら。
アグリーは日本語で醜いって意味らしいです。
@GS70_freedom