10『待っていたのは』
「それでは、行ってきます!」
「おう、いってらっしゃい」
腰に金の入った巾着袋を下げ、アイシャは気合充分と言った雰囲気を出して、ジェントル扉を開いた。
ジェントルの建物の前には、石畳で舗装された道が、左右に分かれている。
ジェントルから出て右へ行けばジャニュア、左へ三日程要して道なりに行けば、別の多種族共生国家ディッセルにそれぞれ続いている。
アイシャが外へ出ると、舗装道の上で一台の馬車がジェントルの前にあたる場所で停留していた。
邪魔にならない様、横をそっと通り抜けようとした時、アイシャは見てしまう。
馬車を操っているであろう騎手の首から上が無いのだ。漆黒の外套を纏った騎手は、真っ直ぐ前を向き静かに誰かを待っている様な雰囲気を醸し出していた。
「ひっ……」
15年の生涯で初めて見たであろう怪奇に、アイシャは気を失ってしまった
。
「忘れてた忘れてた」
首無しの騎手は微動だにせず、アイシャも恐怖で気を失いその場で倒れている所にルドルフが駆け寄って来た。
首無しの騎手はそれに気づいたのか、ルドルフの方を向くと小さく会釈した。
「待たせて悪かったな」
騎手は首を振って、ルドルフの言葉に応えた。
「そんで、今日はそこでのびてる子をジャニュアとここの往復乗せてやって欲しいんだよ」
ルドルフはそう言いながら、騎手の手の平に紙幣を乗せた。騎手はアイシャの方を向くと、深く頷き了承の意を示した。
「おーい、大丈夫かー」
ルドルフの呼び掛けで固まっていたアイシャは、はっと我に返った。
「だ、大丈夫です。 それよりあの人……首が」
アイシャは震えながら騎手を指差す。
「ああ、こいつはデュラハンのデュークだ。 死霊種って言った方が良いな」
死霊種は、一度生命として死を遂げた魂が何らかの理由で消滅せず、別の形で再び姿を現した者達の総称である。
その姿は通常の種族とは異なり、デュークの様に首が無かったり肉体が半透明だったりと、不気味な姿をしている。
「呪われたりとかしませんよね……?」
ルドルフから一通り死霊種の話を聞いたアイシャは、不安な表情を浮かべる。
「大丈夫だ、な?」
デュークもルドルフの言葉に同意する様に、コクコクと頷いている。
「そ、そう言うのでしたら……」
アイシャはルドルフの言葉を信じ、恐る恐る馬車へと乗車した。馬車の中は、風通しが非常に良く赤のソファが設置されており、乗客が苦を感じない様に配慮されている。上流貴族が運用している馬車にも引け目を取らない。
「わぁ……! でも、いいんですか?」
馬車の窓から顔を覗かせてルドルフに尋ねる。
「歩いてたら行って帰って来るだけで日が暮れるぞ? こいつ利用すりゃァ片道30分掛からねぇぞ」
「は、速っ……」
「デュークが怖ェって理由だけで皆利用しようとはしねェんだけどな。 そこらのに頼むよりかはよっぽど速ェぜ」
ルドルフがアイシャにそんな自慢話をしている中、話題の張本人である
デュークはと言うと、もじもじと指を絡ませて照れ臭そうであった。が、はっと何かに気が付いたのか懐から時計を取り出し、ルドルフの方を向いて時計を指差した。
「おっ、そろそろ出発の時間か?」
デュークはこくりと頷く。
「そんじゃ、気ィ付けてな」
「は、はい行ってきます!」
「あ、そうそうもう一つ言っておく事が」
「何ですか?」
「買い物するなら、西の方にしとけ」
「わ、分かりました」
鞭の音が一回、二回と鳴り響き、馬車はゆっくりと動き出す。馬車の速度は見る見るうちに上がって行き、見送っていたルドルフの視界からあっという間に姿を消した。
まだ都市へと行っていないと言う。
まさかの新キャラクターが登場しました。
きっと更なるドラマを生んでくれる事でしょう。
……それをするのが自分の腕の見せ所だって?ハハハ