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琥珀色の風  作者: 徳次郎
92/95

◆第90話◆

「マジで!」

 試験の休み時間、一葉が叫ぶ。

 周囲の何人かが振り返ったのを見て、彼女は慌てて口をふさいだ。

 週が明けて、期末考査は続いていた。

「マジで別れちゃったの?」

 確認するように再び問う相手は、里香だった。

 優子も興味津々で、彼女たちの話しに聞き入る。

「だって、あんなにラブラブだったじゃん」

「うん……それがさ……怒ると怖くて……」

「怖い?」

「最近機嫌が悪いと殴られる」

 優子と一葉は同時に目を丸くした。

「殴る?」

 一葉は優子と顔を見合わせてから「手で?」

「うん……グーで」

「グーで?」

 再び大きな声がする。一葉と優子が同時に声を発した。

 ――グーで女を殴る男なんて、ホントにいるんだ。

「最低だね」

 優子はポツリと言う。

「そうだよ、最低だよ。そんな男はとっとと別れて当然」

 一葉は少し興奮気味に早口になる。

「やっぱそうだよね……でも、普段は優しいんだよ」

「それはまやかしだよ」

「まやかし?」

「女を征服しようとするまやかし。普段は優しくして、俺がこんなにお前の事を思ってやってるのに……て感じなんでしょ」

「そうなの?」

 一葉の言葉に、優子が声を出す。

「そうかも……」

 里香は少し俯いて笑った。

 ほんの一瞬だったが、優子は里香のそんな淋しげな笑みを始めて見たと思った。

 その時チャイムが鳴って、深刻な話もあっと言う間に終わりを告げ、彼女たちの頭は試験問題を解くために仕事を始める。

 優子は解答用紙を半分埋めた時、チラリと里香の背中を見た。

 不思議なくらい平気で問題用紙に視線を落として、悲しげな面影は既に皆無だ。

 おそらく、それが彼女のキャラなのだろう。

 そのステージで気持ちを切り替えるスイッチが在るのだ。

 里香がシャーペンを咥えて天井を仰ぐのを見る。

 ――あれは別れた男に苦悩してる姿じゃないな……どう見ても、因数分解が解らなくて苦悩してる顔だ。

 優子はクスリと小さく笑うと、再び問題用紙に視線を落とした。



 放課後、久しぶりに安西が優子に声をかけてきた。

「忍、篠山のバイクで家出したんだって?」

「いや、家出っていうか、病院だから脱走……」

「しょうがないなぁ……」

 窓際の机に寄りかかって、安西は外を眺めた。

 久しぶりに見る安西の横顔は、白くて透き通って……優子には何だかそれが、新鮮な野菜でも見ているような瑞々しささえ感じた。

「で? 見つかったの?」

 優子は黙って首を横に振る。

「住んでる場所は聞いたんでしょ?」

 今度は首を縦に振った。

「安西も聞いたの?」

「訊かないよ。あたしは」

 安西は小さく笑った「だって、それはもう、アンタの役割じゃん」

 篠山は、忍が病院を抜け出した事と、自分が彼にバイクを貸してしまった事だけを安西に話した。そして、それが優子に知られて行方を聞かれた事も。

 安西は篠山の話す事だけを静かに聞いた。

 後は優子がどうするかだ。自分には何もできない。

 彼女はそれを判っていた。

「ねえ、篠山は安西の事叩いたりする?」

「はあ? なに、それ」

「怒った時とか、喧嘩した時とか」

 安西は優子の方に身体を向けると「そんなわけないじゃん」

 黒髪をかき上げる。

「あたしはアイツを叩くけどね」

 それを聞いて、優子は吹き出した。

「篠山、喧嘩強いんだよ」

「そんな事知ってるよ。でも……」

 安西は少しだけ言葉を切って息を呑むと、優子から視線を外す。

「でも、篠山は喧嘩が強い事を男の象徴だとは思ってないよ。誰かを守る時、自分を守る時の手段だって知ってるのよ。だから、それ以外で誰かを叩いたりしないよ」

 安西は少しだけ照れくさそうに校庭を見つめたまま言った。

 ――篠山の事、そんなに知ってるんだ。もう、なんでも判っちゃうんだ。

 優子は何だか知らずに笑みが零れた。

「何よ?」安西が振り返る。

「な、何が?」

「いま、笑った」

「笑ってないよ」

「ゼッタイ笑った」

 昼の陽射しと開放感にうつろぐ試験の終えた放課後。

 部活の無い校庭も校舎も閑散として何処か寂しげに沈黙しているのに、二人の時間は暖かく緩やかに過ぎて行った。






次回更新はゴールデンウイーク明けになると思います。

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