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琥珀色の風  作者: 徳次郎
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◆第89話◆

「ご、ごめんなさい……あたし……」

 優子は杉原の腕の中で呟くように言った。



 * * *



 線路沿いの国道は、途中で踏み切りを渡るが、県道が線路に沿って続いていた。

 それをブラブラ歩いていた二人は、隣駅に着いてしまった。

「あっ、隣駅まで来ちゃったね」

 歩道脇の金網越しに駅のホームが見えて、杉原も気付いた。

 ――遅くない? 意外と話好きなのか?

 優子は苦笑しながら「そ、そうだね」

「ど、どうしようか?」

 杉原が、初めて苦笑する。

 ――どうする? って、アンタが声かけて来たんじゃん。

 とりあえず二人は、駅前のカフェに入る。

 ハードロックカフェに似た看板だが、アートロックカフェと描いてあった。



「悪いね、急につき合わせちゃって」

「うんん。全然平気」

 優子はテーブルに出されたばかりのミルクココアをそっと啜る。

「でも、アレだね。女子高生って、もっと意味不明の言葉で喋ると思ったら、普通なんだね」

 ――なんだよ、意味不明って……同じ日本人だっつうの。

「相手によって、ちゃんと変えてるよ。みんな」

「そうだよな。俺たちだって、そうだもんな」

「そうなの?」

「敬語とタメ語だって、そうだろ」

 ――あっ……あたし、敬語使ってないよ……年上なのに。

「あ、あの……敬語の方がいいですか?」

 優子はココアの入ったカップを両手で包み込む。

 瀬戸のマグカップから手のひらに伝わる温もりは心地よかった。

「あっ、いや……そうじゃないよ。例えば、仕事場とプライベートじゃ話し方も言葉も違うって事さ。キミとは友だちだから、敬語はいらないよ」

「よかった。やっぱ女子高生だ。とか思われたら、なんか嫌だし」

「嫌なの?」

 杉原は、少し困惑した笑みを零して楽しそうに言った。

「嫌っていうか……なんだか、何も考えずに生きてるみたな言われ方がイヤ」

 真剣な顔で主張する優子に、杉原はハハッと声を出す。

 ――そ、そんなおかしな事言ってる? あたし。

「直ぐに解るさ。キミが悩みを抱えてる事も、それを吹っ切ろうと頑張って笑顔を探して取り出すようにしてることも」

 杉原は自分の小さなカップに入ったコーヒーを口にして

「少なくとも、俺にはね」

 優子は、その言葉がもの凄いスピードで、一瞬の瞬きと同時に心の奥まで沁み入るのを感じた。

 何かが胸元に競りあがって来る気がして、言葉は出なかった。

 誰にも言っていない自分の、自分なりの苦悩。

 この数ヶ月、人知れず彼女は彼女なりに苦悩してきた。

 心の中を見透かされているような羞恥心と同時に、人の温かさを感じた。

 ――これなんだ。この人といてなんだか落ち着くのは、こういう事だったんだ。これって、なに?

 優子の瞳は僅かに潤んで、窓から入る陽射しに輝いていた。

 瞬きしたら何かが零れ落ちる気がして堪えた。

「俺、大学で精神医学とか専攻しててさ。病院に出入りしてるせいもあって、人の心っていうか、感情に敏感なんだ……」

「それって、ラッキー?」

「いや……常に顔色を見てしまうって言うか、こころの奥を考えてしまう」

 ――だよね……

「で、でも、何だかホッとする」

 優子は目を細めて、鼻の頭にシワを寄せて笑った。

「ホッとする?」

「杉原さんといると、ホッとするよ」

 優子は自分でもちょっと可愛いかな。と思うような笑みを返してみた。

 特に意味は無い。

 自分の苦悩をすくい出して見据えてくれたお礼だ。

「俺も、ホッとする」

 ――はあ?

「えっ……?」

「最初に逢った時から、なんだかホッとする娘だなって思ったよ」

 ――な、なに言い出すんだよ。

 杉原はコーヒーを飲み干して、隣に置いてあった水をグイッと口に入れる。

「だから……」

 もう一口水を飲んだ。

「いや、彼氏もきっと、キミのそんな所が好きなんじゃないの?」

「か、彼氏じゃないんです。別に……」

 杉原は白い梅の花を思わせるような、澄んだ笑顔で優子を見つめると

「そうか」

 優子は彼の視線を避けるように、ココアのカップを口に着けた。

「そろそろ出ようか」

「あ……うん」

 レジで会計を済ませると、二人はカフェのドアを抜ける。

 3段ぐらい低い段差になって通りの歩道へ出るのだが、優子は2段を越えて安心してしまった。

「きゃっ!」

 3段目の小さな段差で、ブーツの靴底がゴロリと横を向いて、身体のバランスを崩す。

 杉原は慌てて彼女を支えた。

 長くてガッシリとした腕が、意外とか細い優子の肩を包む。

 転ばないように優子の身体を引きつけると、自然に彼女は杉原の腕の中に納まった。

「ご、ごめんなさい……あたし……」

 優子は上目遣いに杉原を見つめる。

 一瞬、時間は停まったと思えるほど辺りは静寂に包まれていた。

 空気は静かに、ゆっくりと動いている。

 彼の息使いが聞こえた。

 優子は確かに高鳴る自分の鼓動を聞いた。

 が……

「あはははははっ、キミ、そそっかしいんだな」

 ――そう言われると思ったよ……





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