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琥珀色の風  作者: 徳次郎
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◆第87話◆

 放課後、篠山は安西を待たずに逃げるように校舎を後にすると、足早に駅へ向っていた。

「篠山!」

 後からパタパタと足音が迫ってくる。

 彼には振り返ることなく、それが誰なのか判っていた。

「ちょっと、なにさっさと帰ってるの?」

 優子は命イッパイ走ってやっと追いついた篠山に、息を弾ませながら言う。

 追いつかれては篠山も、観念するしかなかった。

「いや……そ、そうだ。うっかり忘れてたよ」

「嘘つき」

 優子は篠山が走り出して逃げないように、彼のカバンの端を掴んだ。



 * * *



「やっぱりね」

 優子は声を出して、少しキツイ視線を篠山に浴びせると、マックのプレミアムカフェを一口啜る。

「苦い……」

「こ、ココアの方がよかったんじゃないか?」

「マックにココアは無いでしょ」

 何とか話しをそらしたい篠山に、優子はピシャリと返す。

 途中の駅で何故か下車した二人は、駅ビルのファーストフードショップに入って顔を突き合わせていた。

 篠山らしくないモジモジとした表情が続いたが、「怒んないから、正直に言ってよ」と優子が言うと、渋々語りだす。

 昔よく、直樹のウソを暴くときに使った言葉だ。

「で? どうして高森にバイク貸したの?」

 優子は胸の前で両腕を組むと、威嚇いかくの意味で胸を張った。

「いや……少しの間貸してくれって……」

 篠山もコーヒーを一口飲んだ。ポテトを摘んで口に押し込む。

「おかしいでしょ。入院中の高森にどうしてバイクなんか貸すの?」

「それは……」

「何よ?」

 篠山は再びポテトを摘んだ。

「治療にも息抜きが必要かと思ってさ……」

「だって、術後間も無くじゃない……感染症とか起こしたらどうするの?」

 舞衣からの受け売りだった。

 この前電話で話した時「術後間もないのに、ばい菌が入って感染症にならなきゃいいんだけど……」と彼女が言っていたのだ。

 優子は組んだ腕を解いて、苦いコーヒーに砂糖を加えた。

「アイツだって辛いんだ。いろいろあったし……1つはウチの親父のせいだけど……」

 篠山はコーヒーカップに手を添えて続ける。

「俺も火傷の事を知った時には驚いたよ。ひとみ……安西が暫くそっとしておけって言うからコンタクトはとらなかったんだ」

「じゃあ、病院を抜けてからあんたの所に?」

「ああ。いきなり来てバイクを貸せって」

「それで、黙って貸したの?」

 優子に睨まれて、篠山も今更罪悪感が湧き出るものの、間違った事はしていないと思った。

「だから、アイツには今、息抜きが必要なんだよ」

「彼は今何処にいるの?」

 優子の視線は篠山を捕らえて離さない「知ってるんでしょ?」

 篠山は口へ入れたポテトを少しの間無言で噛んでいたが、それを飲み込むと渋々口を開いた。



 * * *



「お前、明日の勉強いいのか?」

「別にいい」

 二人は都心まで出て山手線に乗ると、原宿駅で降りた。表参道を少し歩いて直ぐ、左手に表参道ヒルズが見える。

 篠山に促されるまま、優子は手前の路地を奥に向って入った。

 高い建物が陽差を遮って、ほの暗い通りが続いていた。

 篠山の家で持っているアパートが、この裏路地の奥に在るらしい。

 そして、その空き部屋の一室を高森忍に提供しているらしいのだ。

 父親には黙って、篠山が管理不動産に分けを話し、鍵を借りたのだと言う。

「そんな事して大丈夫なの?」

「ああ、去年の春に俺が家出した時も協力してくれたオヤジなんだ。子供の時から知ってる仲だから」

 ――アンタも家出経験者かよ……ていうか、子供の時からって、今も子供じゃん。

「でも、使ってない部屋なんて、電気や水道は?」

「一ヶ月だけ出してもらったよ」

 優子は篠山の行為が悪友ゆえの善意に思えて、それ以上何も言えずに思わず肩をすくめる。

 ――何でそんな事に気を回してんのさ……自分が家出経験者だから、高森の気持ちが判るのかな……ていうか、その不動産屋ってもしかして、組系?

 優子はすまし顔で歩く、篠山の顔を思わず見上げる。

 路地を暫く歩くと、開けた駐車場があった。

 その向こうに古びているが、小奇麗な鉄筋モルタルでできたアパートが在る。

「あそこだよ」

 篠山が腕を前に突き出して指で示した「でも、いないみたいだ」

「何号室?」

 優子は点々と明かりの零れるアパートを見上げる。

 陽が沈みかけて、部屋には電気を燈す時間なのだ。

 一階に6部屋の二階建てなので、全部で12世帯ある建物だ。

 建物の横には通路に通じる洋風のエントランスがセリ出ている。

「204号室」

 篠山が言った部屋を端から数えて確認すると、確かに明かりは点いていなかった。

「何処に行ってるの?」

「そこまでは俺も知らないよ。バイクも見当たらないから、何処かへ出かけてるんじゃないか?」

 優子は大きく息をついて辺りを見渡すと、再びアパートを見上げた。

 安西のアパートに比べたら大分立派な建物なのに、夕暮れに浮かぶその風景は何処か寒々としていた。






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