表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
琥珀色の風  作者: 徳次郎
87/95

◆第85話◆

 忍の手術から5日が経った頃、優子は再び彼の入院している病院の前にいた。

 大きな白い建物に、蒼空そらの光が映りこんでいた。

 彼女は正面玄関の前に佇んで、窓に映る雲を見上げる。

「あれ? キミ……」

 声がして振り返る。

 この前会った大学生。杉原一真が立っていた。

「彼、退院したんじゃないの?」

「えっ?」

 優子は声にならない声を上げた。

「いや……一昨日来た時、彼の病室の前を通ったけど……彼の姿は無かったから」

 優子は杉原の顔をポカンと見上げていた。

「いや……散歩か検査にでも出てたのかな?」

 杉原も自分の言った事に自信が持てなくなって、思わず頭をかく。最近は病室の入り口に名前を出さない事も多い。

「そうですか……」

 優子は何と返していいのか判らずに、困惑した笑みを見せる。

「行って見て来れば?」

「えっ、ええ……」

 ――この人、一緒に行ってくれないかなぁ……ていうか、それは無いよね……全然関係ない人なんだから。でも、頼んだら行ってくれそう。

 しかし、仲間が彼を呼んでいる。

「あ、じゃあ、頑張って」

 爽やかな大人の笑顔だった。

 ――何を頑張るんだよ……

 優子は大きなバンに駆け寄る杉原を見送ったあと、ひとつ息をついて玄関の自動ドアをくぐった。





「いなくなった?」

 優子は思わず声を上げた。

 病室にいない忍の事を看護師に聞くと、最初は誤魔化そうとしていたが、若い看護師が渋々口を開いたのだ。

「何処に?」

「それが判れば苦労しないんです……」

 新米らしい若い看護師はそう言って困惑すると、虚ろに床を眺めた。

 ――それもそうだよね。

 優子は一階の玄関口まで出て、携帯で舞衣に連絡してみる。

「ああ……とうとうバレちゃったんだ……」

 舞衣の困惑している顔が、優子には思い描く事ができた。

「知ってたの?」

「うん……でも、病院から報告があったのも昨日で……」

「何時から?」

「2日前の朝にはいなかったって……あたしも術後に会ったきりで……」

 舞衣の声は、何時もよりだいぶ小さい。

 優子は溜息混じりに「何処行ったんだろう……」

「それが判れば苦労しないんですけど……」

 舞衣の言葉に、優子は思わず苦笑した。新米看護師からも聞いた言葉だ。

「思い当たる所は連絡してみたんですけど……あまり公にも出来ないから……」

 舞衣は深刻そうに続けた。

「そうだよね……」優子も思わず頷く。

「優子さん、どこか心当たりは無いですか?」

「あたしは……ごめん……全然ないかも……」

 結局忍の行方の検討はつかないまま、優子は電話を切った。

 駅へ戻る足取りは一層重かった。

 ――どうして彼はそう何度もあたしの前から消えるの? 近づいて来たのは向こうじゃん……

 会えなくてもあそこで治療を続けて頑張る忍の姿を思い描けば、ある意味それで満足していた。

 しかし……何処にいるか判らない今、何をどう思えばいいのかも判らない。

 何れ、忍は本当に消えていなくなってしまうのではないだろうか。

 本当は、彼は元々存在していないのでないだろうか……

 優子はそんな馬鹿げた事まで考え始めてしまう。

 もう直ぐ2年生最後の期末試験がある。

 忍は何とか参加してくれるような気がしていた優子だが、何処にいるかも判らないのでは試験の受けようも無い。

 まさか、学校に姿を現すとも思えなかった。

 心なし暖かい陽射しを感じながら、それ以上に少し冷たい風が優子の身体をすり抜けてゆく。



 優子は忍が姿を消した事を誰にも言わなかった。

 いや、言えなかったのだ。

 大騒ぎになる事態を知っていながら、自分の口から先走って発する事は出来ない。

 何処からか情報が漏れるのを待った。

 誰かから伝わった言葉で、みんなが忍を気にすれば彼の行方は判るかもしれない。

 しかし、学校内ではそれに携わるような噂は聞かなかった。

 何か自分の知らない事態が起きていて、忍は別に消えたわけじゃないのかもしれない。何か得策があって彼は姿を消したのだろうかと、優子は思った。

 少しでも好転するような事態を考えたい。

 でも、そんなはずは無いのだと、自分で自分にツッコミを入れてしまう。

 そんな虚しい思いを繰り返すうちに、3年生の卒業式は行われて3日後には期末試験が始まろうとしている。

 夕暮れの時間が何時の間にか大分遅くなって、西日はどこか暖かい光の小波を注いでくるが、今の優子にはそれは届かなかった。






いつもお読みいただき有難う御座います。

ラストに向って話しは動いております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>恋愛コミカル部門>「琥珀色の風」に投票 ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ