◆第80話◆
【中間あらすじ】校内トップレベルのモテ男、高森忍からの突然のアプローチで、優子の学校生活は変化してゆく。
優等生安西ひとみとの確執と学校裏サイトへの介入……謎の転校生篠山祐一郎との奇妙な関係。
しかし、忍の父親の会社が篠山の父親の会社に吸収され関係は複雑に……
さらに追い討ちをかける忍の大怪我は、優子の心をズタズタに切り裂いた。
時は確実に流れていた。
泣いても笑っても、同じように時は刻まれて当たり前に過ぎてゆく。
空虚になった心をすり抜ける風は、まるで野原をかける木枯らしのようで、何時の間にか気がつくと時間は流れてゆく。
優子は何時からか空を見なくなった。
見上げる虚空の景色に、何も感じなくなった自分が嫌だった。
それでも家と学校の時間は何も変わりなく過ぎて、新しいやるべき事も迫ってくる。
そして食事時になれば、やっぱりお腹は減る。
この日は国民的恒例行事と言う事もあって、一日中学校の空気は雑音に満ちていた。
その為か、放課後の閑散とした佇まいが、優子にはやたらと安堵をもたらす。
「ねえ、俺傘持ってるけど、五十嵐は?」
「は? 傘?」
物理の実験レポートの束を掴んで、優子は隣で同じくレポートの束を抱えた舟越に振り返った。
――なんで傘なのよ。今日は晴れてたじゃん。
「持ってないよ」
舟越は窓の外を見ていた。
優子もその視線に習うように、今度は窓に視線を移した。
「うそ……」
外は真っ白な雪が横殴りに降っていた。
ほんのついさっきまで青空が広がって、西に大きく傾いた太陽の陽も注いでいた。
それなのに、何時の間にかほの暗い景色は吹雪いて真っ白に霞んでいた。
「凄い雪……」
校舎の直ぐ外に植えられた赤松の枝が、片側だけみるみる白く色を変えてゆく。
「朝の天気で夕方は雪だって言ってたよ」
舟越は優子を見て笑った。
「最近天気予報見てなかったよ……いつも晴れだったじゃん」
優子はとにかく仕事を済ませようと、理科実験室の先にある準備室へ入った。
6時間目にあった物理の授業のレポートを、クラス分集めて放課後の準備室へ運ぶ。
今日も、クラス委員の仕事として舟越と一緒だ。
「あぁあ……なんか、外は最悪だね」
優子の呟く独り言に舟越は
「俺、傘持ってるよ」
「貸してくれんの?」
「えっ……いや、そうじゃなくて」
「じゃあ、ダメじゃん」
優子はそう言いながら、理科実験室を出た。
教室にはもう誰も残っていなった。
少し前にはまだ男女の喧騒がうごめいていた校舎も、急変した天候に急かされたように人の姿は消えている。
階段ですれ違ったクラスメイトが、外の天気に大騒ぎしながら駆けて行ったのが最後だろう。
優子は手早くカバンを掴むと
「じゃあね、舟越」
そう言って教室を出る。
「いや……あのさ……」
舟越は優子の後を追いかけた。
足早に階段を下りる優子に追いついた彼は
「傘、一緒に入ってかない?」
「はあ?」
優子は、思わず立ち止まる。
しかし、再び足を前に出して「冗談でしょ」
「な、なんでさ。いいじゃん、雪まみれよりさ」
――雪まみれでいいって。アンタとアイアイ傘なんて、想像できない。
優子は無言のまま足早に階段を下りると、昇降口へ急ぐ。
ほの暗い昇降口の外はすっかり雪景色で、駐輪場の横に倒れた自転車は一回り大きくなっていた。
優子は溜息をつきながら靴を履き替える。
「なあ、入っていきなよ。別にいいじゃん」
優子は靴を履いて再び外を眺めると、息をついて舟越を振り返る。
舟越は傘を手に微笑んでいる。
優子はさらに溜息が込み上げてきた。
「そんな事しても、何もないよ」
「別に、何も期待してないって」
仕方なく舟越と駅まで来て電車の乗った優子は、何時も降りる自分の駅を通り越した。
「あれ? 降りないの?」
「う、うん。ちょっと用事」
優子は、相変わらず雪の振りそそぐ外の景色を見つめたまま言った。
「高森の病院?」
「うん。今日行ってみようって思ってたから」
「でも、今日は天気がさ……」
「いいの、決めてた事だから」
「あっ……」
舟越が顔を上げる。
「何?」
「いや……なんでもないよ」
舟越が降りる駅は次に迫っていた。
「俺も付き合おうか?」彼は電車が止まる間際にそう言った。
「いいよ。ごめん……ほっといて……」
優子は愛想笑を浮かべようと思ったが、出来なかった。
「じゃあ、この傘もって行っていいから」
彼は優子の手首に無理やり黒い傘を引っ掛けて、急いで電車を降りる。彼女はわざと舟越の姿を目で追う事はしなかった。
降り注ぐ雪が、何だか何処か知らない町に来たような錯覚を起こさせた。
もうひとつ先の駅を降りると忍が入院している病院がある。
駅を出ると、幸い雪は小降りになっていた。
路面に積もった雪が、風に舞って白い波に見えた。
優子はカバンの中を確認してから駅前の花屋で少量の花を買うと、傘をささずに病院までの道を歩き出した。
2月14日……冷たい路面を踏むその足取りは、今までに無いほど重く感じていた。