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琥珀色の風  作者: 徳次郎
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◆第78話◆

 優子は見知らぬ景色の中をひたすら歩いていた。

 ――ゆりかもめの駅って何処……?

 遠くにビルが見えるが、まだ大分ありそうだ。モノレールの軌道は見えるのに、その駅が判らない。

 視線の先にフジテレビのビルも見えるが、それは尚遠い。というより、広大な暮色の土地に巡る高架線と高層ビルが、距離感を消していた。

 ずいぶん歩いた気がするのに、何だか景色が変わらない。

 優子は街路灯の照らす片隅で、携帯電話を取り出すとアドレスを流して観覧した。

 篠山の名前で止まる。

「あいつ、何か乗り物持ってるのかな。お抱え運転手とかいないのかしら」

 呟きながら優子は、ダメ元で篠山の携帯にメールを出す。

 着信を確認しないまま、携帯をカバンにしまった。

 車通りは思った以上に少ない。

 ここが東京だなんて一瞬思えなくなって、時折周囲を見渡した。

 太陽はもう見えなかったが、西の空には薄っすらと明るさが残っている。

 高架の下は真っ暗だったが、街路灯が多いので闇に包まれる感覚はない。

 ただ、東京湾はもう暗幕に包まれて何も見えなかった。桟橋の街灯と対岸の明かりが微かに浮かんでいた。

 優子は何だか疲れて、自販機の明かりの前に屈みこんだ。

 カバンを胸に抱える。

 何だか動けなかった。体力よりも、気力が無い……

 ――高森、どうしてるかな……もう病院はご飯たべたろうな……一人部屋だから、やっぱりご飯は一人なんだね。

 何だか無性に恋しさがまして、うずくまるように膝を抱えた。

 すると、交差した通りの向こうから明かりが近づいて来て、反対側の車線に停まった。

 優子はふと顔を上げて、それを見つめる。

 一瞬篠山かと思った。が、違う。

 中村の車だった。

 水銀灯の明かりをギラギラと反射した黒いボディーが、車道に止まっていた。

 中村が降りてきて、軽やかに大股で道路を渡ってくる。

「ここにいたんだ。探したよ」

 優子は立ち上がらなかった。

「行こう」

「いいよ」

「どうして? 送ってくよ」

「いい……」

「何処にも寄らないって」

「放っておいて……」

 優子は遠くの暗闇を見つめた。

「そんな事言わないで、帰ろう」

 中村が優子の腕を掴むと、彼女はそれを振り払う。

「高森だって、真意なんて判んないんだぜ。アイツがお前にどうして近づいたか……」

 優子はハッと彼を見上げた。

「どういう意味?」

「アイツだって、さっさとヤリたいと思ってるって事さ」

「高森はそんな奴じゃない」

「じゃあ、どんな奴だよ。お前は高森をどれだけ知ってる?」

 優子は息を荒くして中村を見上げた。

「アンタよりは知ってるわ」

「勝手にしろ!」

 中村は一端立ち去ろうとした。

 優子は半ばホッと息をつく……が、少し離れた所で中村は再び優子に駆け寄るとムリヤリ腕を掴んで立ち上がらせた。

「痛いよ、何よ。放してよ!」

「お前、どういう神経してんだ? 俺が誘ってやってるって言うのに」

 中村輝のもうひとつの顔が現れた瞬間だった。。

 いや、コレが本当の顔なのかもしれない。

「高森なんかと付き合っていい気になってんじゃねぇぞ」

 優子は中村に後ろから羽交い絞めにされると、そのまま引き摺られた。

 アスファルトを削るように、ローファーの踵が歩道にすれる音がした。

 ――すごい力……あたしじゃ叶わないよ……全然ダメだよ。

 そう感じながらも、彼女は身体をよじる事をやめなかった。

 その時暗闇に凄い轟音が轟いた。

 何処か遠くからそれは聞こえていた。

 ――暴走族? 今時? こっちに近づいてる。こうなったらゾッキーでも何でもいいから助けを求めなくちゃ……

 轟音は確かに近づいてくる。

 小さなライトの光軸が直線道路の先に見えた。

 中村もあまりの音にその方角を見るが、優子を抱えた手には相変わらず力が入っている。

「放してよ。あんたは結局こういう男なんだよ!」

 優子の声が大きくなったのは、轟音が直ぐそこまで近づいていたから。

 ふと見た時、光はすぐ近くまで来ていた。

 ――バイク……やっぱりバイクの音だ。

 その光は勢いよく歩道に乗り上げると、そのまま二人の方に向って突っ込んでくる。

 ヘッドライトの光の大きさに比べて、車体はデカかった。

「な、なんだ!」

 中村は優子を放して、後に飛んだ。

「痛っ」

 いきなり解放された優子は、前に崩れるように膝を着く。

 その二人の間に割り込むようにバイクは急停車した。

 メタルに光るV型エンジンの地を這うような振動は、周囲の夜気までも振るわせた。

「何だよ、呼び出しておいて知らない男といちゃついてんのか?」

 優子は前かがみになったまま、振り返った。

 B3ボンバージャケットを着た男が、ヘルメットにゴーグル姿で彼女を見下ろしてる。

「し、篠山?」

 篠山はゴーグルを外すと「チョー寒むかったぜ」

 そう言って、両手をすり合わせながら笑った。

「なんだお前?」後に下がっていた中村が彼に近づく。

「あんた、誰?」

 篠山が振り返る。

 中村はムッとした顔で

「お前、二年の転校生だな。高森と仲がいいとかっていう元ヤンだろ?」

 彼は小さく笑うと「ウチの学校、バイクは禁止だぜ」

「へぇ、フェラーリはいいんだ」

 篠山も言い返す。

「チッ、シノテックの御曹子か……結局高森んとこまで吸収してさ」

「悪いけど俺には関係なくてさ」

 優子は立ち上がると

「そうだよ。子供に親の仕事は関係ないよ」

「さんざん親のスネ齧ってるのに?」

 中村が嘲るように笑う。

「アンタの車も、自分で買ったとは思えないけど?」

 篠山がそう言うと、中村の顔が真っ赤になった。

 水銀灯の下でも、はっきりとそれがわかった。

 中村が息を荒げるのを堪えて威圧感むき出しで詰め寄ると、篠山は相変わらず笑顔のまま

「わりいけど、俺、けっこう強いよ」

 彼の軽く握った拳をチラリと見て、中村の足はそこで止まった。

 殴り慣れた拳は丸みをおびると言う……篠山の拳はまさしくそれだった。

「元ヤクザの親父がいると強えよな」

 吐き捨てるように中村は自分の車に向って歩いて行くと、速やかに乗り込む。

 路面に大胆なブラックマークを残したフェラーリ360モデナは、甲高く響き渡る音と共にあっと言う間に見えなくなった。





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