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琥珀色の風  作者: 徳次郎
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◆第77話◆

 フェリー乗り場の近くで車を止めて桟橋から海を眺めた。

 遠くに成田空港が見え、その先には川崎の工業地帯が怪しい光を発している。

 微かに見える沢山のクレーンが西日の影になって、まるで東京湾から上がってきた黒い怪獣のようだ。

「どう? 海って気持ちよくない?」

 ガードレールに寄りかかって、中村が笑う。

 西日をふんだんに浴びる彼の顔は、確かに二枚目だった。

 優子は桟橋の淵まで行って海面を覗き込む。

 ――思ったほど汚くないんだ……

 少しだけ海中が見えた。

 彼女は視線のピントを移動させて、水面に映る自分の顔を見つめた。

 波間に揺られてフニャフニャに歪んだ顔は、今の自分の心境を物語っているような気がして、何だか親近感が湧いた。

 中村が後から海面を覗く。

「何かいた?」

「うん……ヘタレな女が一人いた……」

 中村は大きな声で笑った。

「ホント、噂に聞いた通りだな。五十嵐優子は」

 優子は顔を上げて中村を見る。

 ――あたしの噂って、いったいどうなってんの? 謙虚じゃないの?

「ど、どんな噂? さっきは謙虚だって……」

 中村はやっと笑いを納めると

「ああ、謙虚でちょっと暗そうだけど、意外と強くて面白い」

 ――な、なんか複雑な人格……

「そ、そんな複雑じゃないです、あたし」

 中村はジャケットの内側からショートホープを取り出して咥えた。

 ――た、タバコ?

「た、タバコ……」

「ダメ?」

「い、いえ……」

 ――ていうか、ダメに決まってるじゃん。あたしがイイとかいっても日本国憲法でダメなんだよ。

 中村は咥えたタバコにクラシックジッポーで火をつけると、慣れた素振りでフッと一息吸い込んでそれを吐き出した。

 浜風に乗って、白い煙は海の向こうへ消えてゆく。

 浮かんだブイの上で休んでいたカモメが、影色のまま飛び立つのが見えた。

「誰だって、複雑だよ」

「はあ?」

「人格なんて、みんな複雑だろ」

 ――あ、ああ。人格の話が続いてたのね……

「そうかな……」

「そうさ。俺だって爽やかスポーツメンを気取る反面、タバコも吸うし、ハンドル握ればスピードに魅了される」

 ――やっぱ、スピード狂か……

「そ、そうだよね。いろんな面を持ってるのが普通よね」

「そうそう」

 中村はタバコの煙をくゆらせながら笑う。

「でさ、今日の俺はちょっとナンパ」

「はあ?」

 ――いや……あんた、会った時から充分ナンパに見えるけど……

「帰り、どっか寄ってかない」

「はあ?」

 優子はたちまち困惑して「ど、どこかって?」

「俺ももう直ぐ卒業だしさ」

 ――いや、それって答えになってないって……

 空が緋色に染まって、夕陽が雲に隠れた。雲の淵がオレンジ色に輝く。

「ま、いいや。とりあえず車に戻ろう」

 優子は車に近寄る。例によって彼がドアを開けてくれた。

 親切だと思ったが、もしかしてドアノブ周辺に傷を付けられたくないのかもしれない。

「あ、あの……」

 優子は車に乗り込む前に「まさか、帰りはホテルとかってコースは無いよね……」

 中村の眉がピクリと動いて、笑顔を作る。

 ――やっぱり……

「あたし、そんな気無いから」 

 優子は少し後ずさりすると「あたしには、そんな軽い人格はないから」

「でも、まだなんだろ?」

「はあ?」

「初めては高森と。なんて思ってる?」

「べ、別にそんな……」

「だけど、アイツのアプローチも拒んでんじゃないの?」

 優子の胸に何かが突き刺さった。

「そ、そんな事……だって、ちゃんと付き合ってないし」

 中村は侮蔑ぶべつな笑いを浮かべた。

「付き合うとか、付き合わないとか、そんなの気にしてたらキリ無いじゃん」

 ――そうか、この人はこういう人なんだ。最初に感じた僅かに不審な雰囲気はコレだったんだ。

「そんな事、あんなたに関係ないし」

 優子は踵を返して歩き出した。

「おい、どうやって帰るんだよ。駅までけっこうあるぞ。ゆりかもめ超混んでるぞ!」

 中村の声に、彼女は振り返らなかった。

 容赦の無い夕暮れの海風は、優子の背中を冷たく叩いていた。






第77話をお読み頂き有難う御座います。

春企画:放課後のプリズム【完結済み】

まだ読んでないかたは急げ! いや、急がなくて大丈夫です……

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是非、ご覧下さい。



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