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琥珀色の風  作者: 徳次郎
77/95

◆第76話◆

「カバン、後に置いて大丈夫だよ」

 車が走り出すと、中村が言った。

「あ、大丈夫です」

 優子は警戒が完全に取れず、持ち物を手放す気にはなれなかった。

「免許、何時取ったんですか?」

「俺は5月生まれだから、取ってからずいぶん経つよ。夏休みも友達と車で出かけたしね」

 優子は話しを聞きながら車内を見渡す。

 タン色のスウェード張りのダッシュボードなんて、国産車ではありえない事だ。

「寒くない? ヒーター強くする?」

「あ、大丈夫です」

 国道の景色が低い視線で流れてゆく。

 何だか不思議な光景だった。

 だいたい、走る車の右側に乗っている事自体、妙な気分だ。

「これ、先輩の車なんですか?」

「まあ、一応、オヤジと共用って事になってるけどね」

 ――何が共用だよ。お金なんて払ってないくせに。

「そ、そうなんですか……」

 優子は彼に気付かれないように苦笑する。

 甲州街道に出て車線が広くなると、微かに加速Gを感じた。

 背中で甲高い独特の乾いた音が唸る。

 少し行くと、前方は急に空になった。高速のランプに上がったのだ。

 ――えっ? ど、何処に連れてくの? 何処行くの?

「あ、あの……どうして高速に乗るんですか?」

「お台場行こうよ。高速の方が速い」

 優子は中村の横顔を見る。

 合流車線で車は再び加速して、本線に入ると同時に前方の車を追い越した。

「ほ、本当にお台場?」

「ああ」

 中村は口角を上げると「それとも、他に行きたい所ある?」

「い、いえ、別に……」

 優子はシートバックに背中を着けて、フロントガラスに見える景色を眺めた。

 ビルの中腹を潜り抜ける光景は、地上の風景とは違っていた。

 高い建物が近くに見えて、蒼い空は小さく見えた。

 特に話す事なんて無いし、何を話せばいいのかも判らない。

「静かだね」

 中村がチラリと視線をくべる。

「高森とは何時から?」

「何時からって?」

「何時から付き合ってるの?」

「いや、だから付き合ってるとか、そんな感じとはちょっと違っていて……」

「じゃあ、付き合ってないの?」

 ――なんでそこにこだわるんだよ。アンタには関係ないっつうの。

「いや、そういうわけでも……」

 優子は困惑して笑みを零す。

 東京タワーが左に見えたが、なんだか中村の陰になってよく見れなかった。

 浜崎橋ジャンクションを抜けて海沿いに出ると、左前方に大きなアーチが見えた。レインボーブリッジだ。

 優子はそれを見て、密かにホッと息をつく。

「ほら、ちゃんとお台場に向ってるだろ?」

「えっ?」

「心配そうな顔してるからさ。さらわれたどうしよう。みたいな」

「そ、そんな事……無いですけど」

 芝浦ジャンクションを抜けて橋に入ると、中村は再び加速する。

 どんどん加速して車線変更すると、前方の車をごぼう抜きした。

 路面に描かれた文字が、読む間も無く車の下に滑り込んでゆく。

 優子は異常な加速度に思わずスピードメーターを覗き込むが、目盛りが細かくてよく見えない。

 目を凝らすと、針が180キロを越えている。

「ちょっ、ちょっとスピード出し過ぎじゃないですか?」

「怖い?」

 ――そういう問題じゃないだろ!

「いや、ちょっと怖い」

 中村はアクセルを緩めた。

 乾いた唸りを上げて、エンジンブレーキが後ろから身体を引っ張る。

「わりぃ、この時間にしては空いてたからつい」

 ――つい出すようなスピードか?

 優子はただ苦笑して見せた。

 しかし、ついアクセルを踏めばあっと言う間にそんなスピード領域に飛び込む車なのは事実だ。

 直ぐに景色が開けてゲートが見える。

 中村が僅かにハンドルを切ると、車はETCのゲートにノーズを向けた。

 減速する車を何台か抜き去った。

 ゲートがみるみる迫って来る。

 ――えっ? あのゲートってそんなアクティブに開くの? スターウォーズの自動ドアみたいに瞬時で開くのか?

「あ、あの……あのゲートって、こんなスピードで通れるんですか?」

「さあ……」

 中村はあまりも明るく笑った。スピードが今以上に落ちる気配が無い。

 スピードメーターは50キロを指してる。

 ――さあ……。って何? ていうか、みんな凄くスピード落としてるじゃん。こんなスピードでこの場所走ってる車なんて無いじゃん。

 優子は中村の横顔と迫り来るゲートを交互に見た。

 ピピッと何かの音がした。

「ちょ、ちょっと?」優子が声を出す。

 ETCに感応したゲートが開き始める。が、あっと言う間に車の鼻先はその前方まで出ていた。

 優子が想像していたよりは速い動きでゲートは上がったが、どう考えても完全に開き切るタイミングではない。

 優子は思わず首をすくめる。

 首から上を頭ごと刈り取られる思いだった。

 頭上でビュウッと音がした。

 車高が低い為に、車のルーフはギリギリで開きかけのゲートの下を抜ける。

「ほらっ、抜けられたろ」

 中村が声を上げて高らかに笑った。

 ――こ、こいつ頭おかしいのか?

 優子は首をすくめたまま、彼の横顔を恐る恐る見た。

 背中の後ろで、再びエンジンが軽やかに唸った。






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