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琥珀色の風  作者: 徳次郎
74/95

◆第73話◆

「姉ちゃん、駅前でスゲー火事だぜ」

 外から帰って来た直樹が、台所に入って来て優子に声をかけた。

「サイレン凄かったもん。やっぱり近くだったんだ」

「一軒マル焦げ。ていうか骨だけってカンジだね」

 直樹はそう言って冷蔵庫からオレンジジュースを取り出すと、グラスにあけて

「この辺まで焦げクサイ臭いがするよ」

「そう言えばそんな臭いがした」

 優子はお玉を持ったまま「あんた、わざわざ現場見てきたの?」

「だって、ほんと駅から直ぐ近くだったよ」

「しょうがない野次馬ね」

 彼女は弟をチラリと見て肩をすくめた。

 直樹はリビングのソファに腰をおろして「ご飯まだでしょ」

「もう少し。あんた、カバン部屋に置いて来な」

「うん……後で」

 その時直樹の携帯電話が鳴る。

「おっ、舞衣だ」

 直樹はわざと声に出して携帯を開いた。

「まったく……」

 優子は溜息混じりでリビングに背を向けると、味噌汁に豆腐を入れた。直樹が舞衣と何を話しているのか、まったく耳に入らなかった。

 炊飯器のランプが緑に変わって、ご飯が炊き上がったのが判った。

 彼女が後に気配を感じて振り返ると、何時の間にか間近に直樹がいる。

「うわっ、ビックリした……何よ、気配消さないでくれる」

「ね、姉ちゃん……大変だ……」

 直樹の顔色は蒼白だった。口から泡でも吹きそうな表情で立っている。

「どうしたの? もしかしていきなり振られた?」

 優子の冗談にも彼は反応しない。

「姉ちゃん……」

「な、何よキモイわね。言いたい事あるんならはっきり言いなよ」

 直樹は二度続けて息を呑み込んだ。

「高森さんが……」





 ――なんで……どうして……あたしの生活はもっと平凡だったじゃない。誰にも干渉されず、何も起こらないありふれた日常の繰り返しだったじゃない……

 なんでこんなに次々といろんな事が起こるの? どうしてそっとしておいてくれないの……

 優子は集中治療室の扉の前で、ドアに爪を立てて首をうな垂れた。

 『面会謝絶』その文字が、事の重大さを物語っていた。

 優子は忍が運び込まれた救急病院へ、直樹と一緒に来ていた。

「あたしがいけないんだよ。あたしが火事見て行こうなんて言ったから……」

 舞衣が自分の両親の前で肩を震わせて泣いていた。

「大丈夫、大丈夫よ……忍君は正義感が強いからね」

 母親がそう言って、舞衣の背中を摩った。

「姉ちゃん……いったん戻ろう。治療はまだ大分かかるし、俺たちはここにいても何も出来ないよ」

「うるさい!」

 優子は直樹を突き飛ばした。

「姉ちゃん……」

「ごめん……先に帰ってて。少ししたら、あたしも帰るから……」

 優子はそう言って、近くの長椅子に腰掛けた。

 病院の廊下には、すすり泣く舞衣の声と看護師の足音だけが響いていた。



 * * *



 擦れた薄雲が、虚空に浮かぶ。

 あまりにも澄んだ空は、寒々としていた。

 終業式が終わって生徒が教室へ揃うと、担任教師の口から忍の事が告げられる。

「高森は今日から学校へ復帰する予定だったのだが、昨日の夜に大きな怪我を負ってしまった」

 担任が生徒を見渡すように言う。

「怪我って?」

 誰かが訊いた。

「昨日あった大きな火事は知ってる者もいるかもしれない。取り残された子供を助け出したのは、高森だ」

「スゲーじゃん」

「アイツ、さすがだよ」

「忍くんらしい」

 そんな声が教室を満たした。

 優子は何も言わずにそれを聞いていた。

 ――何処が凄いのよ。けっきょく自分は重症で、いったい何が残るの? 人の為に自分を犠牲にまでして……

 優子は唇を噛み締めると、耳を塞いだ。

「怪我、酷いんですか?」

 質問したのは安西だった。

「かなり酷いらしい……」

 担任教師はいたわしい素振りで視線を下げるが、直ぐに顔を上げ

「しかし、命に別状ないそうだ」

 ムリに微笑んだ。



「どうして連絡くれなかったの」

 安西が言った。

「そうだよ、どうして知らせてくれなかったの?」

 一葉も近づいて来た。

 ホームルームが終わると、優子の回りに何人かが集まって来た。

「言ってどうなるの……」

「どうなるも何も、こっちにだって知る権利があるわ」

 安西が机を叩いた。

「こっちは知りたくなかった。ていうか、そんな知らせなんか来て欲しくなかったよ」

「起きてしまった事をどうこう言っても仕方ないでしょ」

 安西の言葉を他所に、優子はカバンを掴むと足早に教室を出て行った。







「琥珀色の風」をお読み頂きありがとうございます。


この作品は、暗さと明るさのギャップが激しいです。

また少し、アップダウンがあります。

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