◆第70話◆
12月24日
鮮やかな花火が、夜空を染め上げた。
優子はかつて見た事の無い光景に、完全に気後れする。
イヴの夜のディズニーリゾートは、どのアトラクションも2時間待ちが当たり前。
考えているうちに列はどんどん伸びるし、人混みでこんなに広いはずの通路が通り難いのも初めて。
もちろん、最後に来たのは中学の卒業記念だから、かなり久しぶりだ。
「ね、ねえ。これじゃあ何にも乗れなくない?」
「仕方ないさ。今日はここにいることを楽しむしかない」
忍はそう言って笑った。
――みんながそう考えれば、乗り物空くんだけどなぁ……
優子は打ち上げられた花火を見上げた。
右も左も幸せそうな笑顔で溢れている。
雑踏に押し潰されそうな中で、ただ賑わいを堪能するのが精一杯だった。
――うわっ、チューしてるっ。ていうか、みんな感覚麻痺してる……
人混みを気にしないで抱き合うカップルはここそこにいる……しかも、かなりの数。
かと思えば、ファーストフードの店の前で、子供が大声で泣き出した。
そんな光景を見るだけで、なんだか余計に疲労が増して、優子と忍は早々にそこを出てしまった。
しかも浜風が異常に冷たくて、とにかく過酷だった。
あの中で賑わいに加われる連中は、ある意味スゴイと思った。
――こ、こいつら何が目的でここに来てるの? 何でこんな人混みで抱き合えるのよ……
「何だか疲れた……」
優子はゲートの外へ出ると、近くのベンチに座り込む。
「さすがに俺も疲れた」
忍は近くの自販機で熱いココアを買ってきて隣に座る。
――まあ、あんたといるのは何時も疲れるけどさ……でも、会わないとまた一緒にいたくなっちゃうんだ……
優子は彼の差し出したココアを受け取った。
プルタブを引いて、一口飲む。
「ねえ、前から訊きたかった事があるんだけど」
「何?」
忍はそう言いながら、自分に買った缶コーヒーを口する。
「あたしの携帯電話の番号って、どこで知ったの?」
「携帯番号?」
「ほら、初めてあたしに電話くれた時」
忍は笑って星空を見上げると
「ああ、あれか」
――な、何よ。言いなさいよ。
「で……どうして?」
「優子、前に携帯落としたろ?」
――そう言えば、夏休み前に一度落とした。ていうか、学食に置き忘れた。
「そ、そう言えば、そんな事あったけど……」
「あれ、拾ったの俺さ」
「そ、そうなの?」
優子は一瞬納得した。
――ん? て、いう事はあたしの携帯勝手に覗いたのか? 盗み見?
「で、でも、それって、あたしの携帯覗いたの?」
「ん……まあ、ちょっとな」
忍は再びコーヒーを口にすると
「でも、誰の携帯か確認するのにオーナー情報を見ただけだよ。他は見てない」
「で、でもそれって先生が見れば済むじゃん」
「まあね。でも知りたかったんだよ」
忍ははにかみながら周囲を見渡して「優子が忘れて行ったのを見てたから」
――見てたのか? だったらその時声かけろよ。ていうか、それってどういう意味? そんな前からあたしに興味があったのか?
優子は、忍の無邪気とも取れる笑顔に何も言えなくなった。
自分に興味があったと言われて、悪い気はしない。
これが舟越だったら、もっと怒っているに違いないだろうが……
「まあ、何がキッカケになるかは判らないって事さ」
忍はそう言って、優子の肩に手を触れた。
12月31日。
年の瀬末日。優子の携帯が鳴った。
表示番号には見覚えが無い。
「もしもし……」
優子は警戒心を含んだ声を出す。
「あっ、五十嵐? 舟越だけど」
――舟越?
電話の相手は舟越だった。すっかり存在を忘れていた……
「な、何? どうしてあたしの携帯知ってるの?」
「そんなことより、大変なんだよ。一大事だ」
舟越は慌てた口調で言った。
――何が大変なんだよ。アンタから電話が掛かってきた事自体、一大事だっつうの。
「な、何?」
「高森を見かけたよ」
その言葉で、優子は拍子抜けした。
――なに今更いってんのよ。もう何度も会ってるんだよ。
しかし今の段階では、教師意外に彼の消息は知らなままなのだろう。
忍の話しによれば、冬休み明けにさりげなく学校へ復帰する予定との事だ。
「そ、そうなの……」
優子は苦笑しながら、とりあえず初耳の振りをする。
「それでさ、何処で見かけたと思う?」
――どうせ、駅近辺とかじゃないの?
「ど、何処で?」
「五十嵐の住んでる駅前だよ。意外と近くにいるんじゃないか?」
――めちゃくちゃ近くにいるんだよ。もう知ってるんだから。
「そ、そうなんだ。なるほどね。へえ……」
優子はとりあえず驚くフリなどしてみるが……
「なあ、これから一緒に探してみない?」
「はあ?」
――どうしてあんたと一緒に探さなくちゃいけないのよ。ていうか、そんな必要ないんだってば。
「い、いいよ。別に……」
「俺だって、五十嵐の役にたちたいと思ってるんだ。僕にだってキミを見守る事ぐらいできるよ」
――それ思い過ごしだよ……つうか、それどっかで聞いたセリフなんだけど……ブライト?
「いや、別にいいのよ。そのうち出てくると思うから……」
「そんな投げやりになっちゃダメだよ」
――なってないっつうの。
「と、とにかくさ、いいのよ。ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ」
優子はそう言って電話を切った。ありがとうの気持ちは本当だった。
途端に、街の喧騒が耳に戻ってくる。
「誰? 電話」
隣で忍が言った。
「あ、ああ……な、直樹。弟の直樹だったよ」
彼女は笑いながら「バカな電話でさ」
「琥珀色の風」をお読み頂き、有難うございます。
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