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琥珀色の風  作者: 徳次郎
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◆第65話◆

 ドライヤーから煙が上がった。

「うわっ」

 優子は慌ててそれを洗面所に放り投げる。

 ――な、なにコレ? 壊れた?

 まだ半分しか寝癖を直していないのに、ドライヤーが突然白い煙を吹いて停まった。

 優子は寝癖直し用のミストを多めに髪の毛に撒布すると

「もう……ついて無い事ばっかり……」

 大きな溜息をついた。

 電車に乗り込んでふと時間が空くと、頭の中を埋め尽くすのはやはり彼の事。

 ――また明日って言ったくせに……また明日って言ったよ。



 最終日のテストはボロボロだった。

 昨晩は、あの後ほとんど勉強が手に付かなかった。

 早い時間にやった数学以外、比較的得意な現国が日程にあったのは、少しだけ幸いしていたが……

 テストが終了した教室では、帰りのお茶する場所やカラオケに行く算段などの会話が飛び交っていた。

 明日からはもう学校が休みだから、みんなの気は一気に緩んでいる。

 忍の父親の仕事を知っている者で昨夜のニュースを観た者は、忍が休んだ理由を察しているだろう。

 しかし、その誰もがそんな話題は口にはしなかった。

 優子は気を使って近寄る一葉を振り払うように廊下に出ると、隣の教室に向った。

 それを見た安西が、小走りに後を追いかける。

 優子はB組の戸を開けると、無言で教室へ足を踏み入れた。

 見知らぬ連中の視線が、彼女を追った。

 優子は脇目も振らず篠山雄二郎の席を目指す。彼は丁度カバンを手にした所で、優子に気付いて軽く微笑んだ。

「優子、どうしたんだ?」

 優子は硬い表情を崩す事は無かった。

「どういう事? どうして高森のお父さんの会社を買収したのよ」

「そ、それは俺の関知する事じゃないぜ」

 篠山は困惑した笑みを浮かべる。

「高森は何処? アンタのせいで高森がいなくなったじゃないの」

 優子は篠山の両肩を強く掴んだ。

「そんな事言われてもな……俺にはオヤジの会社の事は判らないから……」

 篠山は苦笑するしかない。

「ちょっと優子。何やってるの?」

 後から安西が駆けつけて、優子の肩を後から掴んだ。

 優子はそれを振り払う。

「アンタ、高森の親友じゃなかったの? 小学校からの友達でしょ。親友の家族を路頭に迷わせるような事をして、平気なの?」

「優子!」

 安西は、さらに強い力で彼女の肩に手を掛けて、振り返らせる。

「篠山だって、ただの高校生なんだよ。高校生の子供が父親の会社の買収事に意見できると思う? それで何かが変わると思う?」

 優子は唇を噛み締めた。

 ――そんな事、言われなくても解ってるよ。解ってるけど……誰に何を言えばいいか判んないじゃん……

「判ってるよ……あたしはどうせギリギリまで何も知らなかったお気楽者だよ」

 優子は安西の手を荒っぽく振り払うと、小走りに教室を出た。



 教室に戻ると、ひと気はほとんど無かった。

 一葉が優子の席で彼女を待っている。

 しかし、優子はそれを無視してカバンだけを掴むと廊下に向って歩き出した。

 一葉は黙って優子を見送った。

「優子……」



 優子が昇降口へ降りると、一人の女子生徒が彼女の前を塞いだ。

 俯いて足早に歩いていた優子は、誰かの足元が視界に入って慌てて立ち止まる。

 顔を上げると、前に会った女だった。

 駅前で他校の男子に絡まれた時、そこにいた女。間違いない。何故だか、今回は確信できた。

 あの時男の誰かがいった『千賀子』という名前も思い出した。

「忍もこれで終わりね。もう、だれも彼の傍にはいられない」

 女は冷ややかに笑う。

 優子は困惑した視線で彼女を見ていた。

「あなた、千賀子さん?」

「あら、あたしの名前知ってるんだ」

 彼女は白い歯を見せて笑った。 

「高森に恨みでも在るの? 今度の事も何か関係が?」

「まさか、会社同士の事でしょ。そんなのあたしに何とかできるわけないじゃん」

 彼女は冷ややかで鋭い視線を優子に浴びせると

「あたしを振ったバチが当たったんでしょ」

「そんなの逆恨みでしょ」

「逆恨みでも何でも関係ない。上級生であるこのあたしがコクッたのに、それを断って……だから、その後忍に近づく奴はあたしが壊してやるんだ」

 千賀子はそれまで自分からコクッた事などなかった。

 何時でも男が寄って来るだけの容姿は持っている。

 だけど、高校入学当初から飛びぬけた輝きを見せる忍に惹かれて、自分から言い寄った。絶対の確信を持って。

 しかし、その確信は砕かれた。千賀子は自分のプライドを傷つけた忍を許せなかったのだ。

 だから、中学の時の男友人達に頼んで忍に近づく女の子に密かに嫌がらせや乱暴をしたりしていた。

 それは、忍と上手く行きそうな娘ほどエスカレートする。

 ――なにこの女。オカシイんじゃないの? そんな事して虚しくないのか?

「どいてよ。アンタなんかに構ってる暇ないから」

 優子は千賀子の横をすり抜けて、下駄箱の靴を取り出し履き替えると、足早に昇降口を出た。




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