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琥珀色の風  作者: 徳次郎
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◆第59話◆

 玄関の敷居を跨いで優子は思わず頭上を見上げた。

 天上が高かった……6角形に組んだ小さな籐の傘を持つ照明が3つ釣り下がっていて、天窓から注ぐ明かりに浮かんでいた。

 優子の部屋ほどある広い玄関の隅には、トラの剥製が置いてある。

 動物園では見かけるが、個人では剥製であってもそう簡単に入手出来る物ではない。

「ちょっと、アムールトラってワシントン条約で規制されてなかったっけ? 剥製なんて作れないはずよ」

 安西が篠山の肩を叩いた。

 ――ていうか安西……何だよアムールトラって……なんで、コレがアムールトラだって判るの? あたしにはトラなんてみんな同じに見えるっつうの。普通はトラで括るだろう……だいたいアムールって何処よ。アンタの知識もおかしいって。

「ああ、それはここの建築祝いに貰ったみたいでさ。買ったわけじゃないんだよ」

 篠山はそう言って笑うと

「親父が寅年でさ」

 とりあえず優子は、二人の会話を素通りさせた。

 ――トラの剥製くれる知人て何者……?



 廊下を二度曲がると庭が見える廊下が続いていた。庭が見渡せる長い廊下は純日本家屋の基本なのだ。

 よく見ると、池の中央に踏み石が置いてあって渡れるようになっている。

 篠山が促すまま、優子と安西は二階に上がる階段まで来ていた。

「あら珍しい。お友達連れ?」

 三人の背中から声が聞こえる。

「ああ、ただいま母さん」

 篠山がそう言いながら振り返ると、その先に人の姿が見えた。

 ――和服? 何で和服? 極道の妻だから?

 篠山が母さんと呼んだその女性は、黒地に丹頂鶴の舞った着物を纏っていた。

 日本髪を結わえて背は高く、柔らかい物腰で立っている。

 歳は優子の母親と変わらないくらいに見えるが、何処か修羅場を潜り抜けたような独特の臭いというか雰囲気を醸し出す。

 鼻筋がツンと高く通って、僅かに瞳が茶色い。しかし、優しい笑顔だ。

 ――ていうか、外人? いやハーフ? じゃあ、篠山はクウォーター?

「ああ、学校の同級生。安西さんと五十嵐さん」

 篠山は二人を母親に紹介した。

 優子は俯き加減で小さな会釈をするが、安西は

「はじめまして。お邪魔してます」

 そう言って頭を大きく下げる。

 長い黒髪が背中で弧を描いてしなった。

 ――おいおい、安西……超礼儀正しくない?

 優子はいかにも自分が粗雑に映るような気がして、せめてもっと深く頭を下げればよかったと思った。



 ビックリしたのは篠山雄二郎の部屋だけが完全な洋間だった事。

 いや、おそらくあの姉の部屋も洋間だろう。あの姿に和室は想像できない。

 二重サッシの外側は濃いブラウンだが、内側は白かった。

 床一面のフローリングに、黒革のソファ。壁際には古いコカコーラの赤い冷蔵庫が置いて在る。

 ――うわっ、部屋に冷蔵庫?

 優子は自然に目に入るモノにいちいち驚く。

 目の前に在る木目調のテーブル。その天板は中央がガラス面で、その中にジッポライターが売り物のように並んでいる。

 やたら古びている物はベトナムジッポだろう。

 ――何でこんなに沢山ライター?

 優子が思わずテーブルを覗き込む。

「それ、俺のコレクションさ。ほとんどがビンテージや限定品なんだ」

「あんた、タバコ吸ってるの?」

 安西が言葉を挟む。

「いや……まあ、人並みかな」

 ――人並みってなんだよ……そんなにみんな吸ってるのか? あっ、直樹も吸ってるか……

「ダメよ。これからは国際的にも喫煙者は肩身が狭くなるんだから」

 安西はそう言って、ソファのひとつに腰掛ける。

 ――問題はそこじゃなくない?

「優子も座れば」

 篠山に促されるが、彼女はここでも何処に座ろうか迷ってしまう。

 ――安西の隣? まさか篠山の隣は無いよね。

「ほら、なにモサッと立ってるの? 座りなよ」

 安西がそう言って自分位置を少しずらしたので、優子も仕方なくそこへ腰を下ろす。

 篠山は壁に設置されている電話の受話器を手にすると

「飲み物何にする?」

 ――な、内線電話で注文? ていうか、じゃあアノ冷蔵庫は何?





 篠山の家は一般庶民には驚く事ばかりだった。

 優子から見れば忍の家も充分驚いたが、篠山の家はその次元を超えていた。

 そして何より落ち着かない。

 それは忍の部屋にいる時のドキドキ感とは違って、何だか自分が場違いな所にいるような、そんな気分だった。

「篠山の家って、何だか凄いね」

 篠山の家を出た帰り道、優子は仕方なく安西と歩いていた。

「成功者の家って感じね」

 安西はポツリと応える。

「や、やっぱ、あれかな……親分とかだからかな?」

「親分?」

「だって、アイツのお父さんヤクザの組長なんでしょ」

 優子は胸の内に据えかねていた事を思わず言った。

 安西は意外なほど穏やかに笑うと

「昔はね。そうだったらしいよ」

「昔?」

「あんた知らなかったんだ。篠山のお父さんはシノテックの会長よ」

「シノテックって……格安パソコンの?」

「今は液晶テレビやブルーレイディスクもやってるし、今度携帯電話に手を出すらしいよ」

 ――あ、安西チョウ詳しすぎ……じゃあ篠山は、今はヤクザの子供じゃないんだ。ていうか、前はやっぱりそうだったんだ……

「なんか、凄いね……商才があるんだ。篠山のお父さん」

「ほら、大企業の幹部なんてみんな黒い繋がりがあるのが普通だから、有利なんでしょ」

「有利?」

「だって、もともとその黒い側で権力があったんだから」

 ――それってどうなの?

 しかし、優子はとりあえず篠山の家が現役のヤクザで無い事に安堵した。それでもやっぱり、あまり来たくはないと思った。





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