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琥珀色の風  作者: 徳次郎
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◆第6話◆

 放課後の喧騒に揺られていた優子は、一葉に手を振ると電車を降りた。

 学校の在る最寄の駅から電車に乗って一葉とは同じ方向になる。

 彼女はもうひとつ先の駅なので、学校帰りは何時も優子が先に降りるのだ。

 駅の小さなロータリーには喫茶店とファーストフード店などが並んでいて、道路を渡ると中規模のスポーツ用品店。その隣には大型ドラッグストアーや大型書店、ドーナツ屋もある。

 その周辺が新しい商店街だ。

 駅前の国道に沿って少し歩いてから通りを入ると、古い商店街を抜けて再び、今度は別の国道へ出る。

 横断歩道を渡ると角には忍と来たコンビ二が在り、優子はそのまま通りを住宅街へ入る。

 家に着く手前の通りで、優子は足を止めた。

 昨晩忍が手を振った場所だ。

 そこから一本奥の通りへ抜けると、その何処かに彼の住んでいる家が在るのだ。

 学校中の女子が何とか仲良くなろうとするほど人気の在る高森忍……もちろん、一部の女生徒は難癖をつけたり、または本当はもろタイプなくせに嫌いな振りをしたりもする。

 優子はと言えば、別に何とも感じない数少ない部類に入っていたのだろう。

 ふぅぅん、相変わらず人気あるのね……くらいにしか思っていなかったし、別に特別話をしてみたいなどと思ったこともない。

 もちろん、一緒に歩きたいとも思った事は無い。

 そう、昨日までは……

 彼女は通りの奥を少しの間見つめていた。

 陽が短くなったとはいえ、まだ夕暮れには時間があったが、その通りは淡い琥珀色に染まっているように見えた。



 家に着いて階段を上がろうとした優子に母親が後から声をかける。

 今日はパートが休みなのだ。

「優子、今日は直樹は疲れてるだろうから、佐助の散歩行ってあげたら」

「ええぇ、あたしも疲れてるぅ」

 優子は思わず振り返って直ぐに顔を曇らせて肩を落とす。

「何言ってるの、あんた部活もやってないんだから、少し運動しないとそのうち太るわよ」

「あたしは平気よ。お母さん似だもん」

 優子の母親は確かに中年太りなど知らないかのように、痩せている。

「いいから、ね。後で行ってらっしゃい。佐助もあんたの事忘れちゃうわよ」

「わかったよぉ」

 優子はゆっくりと階段を上った。

 ジャージに着替えて部屋でゴロゴロと漫画を読んでいると、窓の外は緋色に染まり、あっと言う間に暗くなっていた。

「優子、散歩は?」

 階下から、母親の声が聞こえた。

 ――あっ、そうだ、忘れてた。

「今行くところだよ」

 優子は慌てて部屋のドアを開けると、そう言いながらパタパタと階段を下りる。

 ふと玄関先を見ると直樹のカバンが置いてあるのが見えた。

 ――なんだ、直樹のヤツ帰ってるなら散歩行けっての。

 リビングのドアを開けると彼の姿が見えたので

「なんだ、帰ってるなら……」

 しかし、彼女は言葉を飲み込んだ。

 直樹はソファーの上で身体を投げ出すようにいびきをかいて寝ている。部活の試合でだいぶつかれたのだろう。

 台所からは母親が夕飯の仕度をする心地よい音が響いていた。

 優子はそっとリビングのドアを閉めて玄関へ行った。

 ――ま、たまにはあたしがしてやるか。佐助はマジであたしの事忘れる恐れもあるしね。

 下駄箱の上に置いてある散歩用のリードとビニール袋や小さなシャベルの入ったお散歩セットを持って外に出ると、丸くなっていた佐助が彼女の気配に気付いて起き上がった。

「散歩だよ、佐助」

 喜んでパタパタと動き回る佐助を押さえ込みながら、首輪から鎖を外して散歩用のリードに付け替える。

「ほら、少しは大人しくしろ、もう」

 佐助が待ちきれずに動き回るので、なかなかリードのフックが首輪に掛からない。

 ようやくリードをつけて身体から手を放すと、佐助は一目散に門扉へ向って走り出した。

 ――コロコロしてるくせに、犬ってよく走るよね。

 住宅街は意外と街灯も多くそれほど暗さは感じない。近くの児童公園も水銀灯が何本も立っていて明るい。

 住宅街をぐるりと回って、公園の横まで来た時、正面から歩いて来た誰かが声を発した。

「五十嵐か?」

 それは、明らかに聞き覚えの在る声。

 ――ヤバッ、あたしジャージだよ。しかも上下……なんで? どうしてこんな所であうかな、もう。

「た、高森くん……」

「へえ、犬の散歩か」

「う、うん……」

 ――うわっ、あたし手にウンコ持ってるよ……佐助のウンコ持って、高森と喋ってる……超最悪じゃん。

 優子はさり気なく散歩用の道具を後ろ手に持った。

「い、今学校の帰り?」

「ああ、週末から総体の新人戦が始まるからね、少し遅いんだ」

 忍は優子に近づいて足を止めた。

 彼はバスケット部に所属して、その中では身長は高いほうではないのだが、1年の時からレギュラー入りしている。

「へえ、珍しい犬だね。なんて犬?」

 忍はそう言って屈むと、人懐っこい佐助の頭を撫でた。

「あ、あの……これ柴犬よ……ちょっと太ってるけど」

「えっ、ああ、ごめん。黒い柴犬もいるんだね」

 ――フフッ、気にしないで……佐助の犬種がわからないのは、別にあんただけじゃないから……

 彼は後頭部をかきながら苦笑して立ち上がる。

「何時もこの辺散歩してんの?」

「ううん、何時もは弟が……」

「へえ、五十嵐ってお姉さんなんだ。ははっ」

 ――な、なにそれ。あたしがお姉さんじゃ可笑しいのか? 

「イメージじゃない?」

「まあね、五十嵐はお兄さんでもいそうだなって、思ったよ」

 ――なんだよ、それ。あたしって、そんな甘えん坊さんに見えるのか?

「俺んちこの公園の先なんだよ」

「あ……そうなんだ……」

 優子は思わず辺りを見渡した。

 反対側からぐるりと回って来たので気付かなかったが、忍の家の通りを歩いていたのだ。

 しかも、考えたら佐助の散歩をする時は何時もこのコースだ。

 ――なんかやばいよ。まるであたし、高森の家の近くに来たくて佐助をつれてこの辺ウロウロしてるみたいじゃん…………ハッ、それってまるでストーカーじゃん。

「ぐ、ぐうぜんよ」

 優子は困惑した笑みで言った。

 ――あたしは中学の時からこのコースで佐助を散歩させてるんですからね。別に、あんたに会いたくてこの辺ウロウロしてるわけじゃないのよ。

「は? なにが?」

 忍は彼女の言葉の意味が判らなくて訊き返した。

「えっ、ううん。何でもない」

 優子は思わず大げさに首を振る。

「そういえば、ここで中学の学区が分かれてるんだよな」

「えっ? そうなんだ……」

 ――そうか、どうりで高森とは中学が違ったわけだ。

 中学の学区がちょうどこの通りを堺に別れている為、これだけ近い距離に家がありながら、優子と忍は違う中学に通っていた。

「じゃあ俺、行くから。じゃあな」

「うん……おやすみ……」

 ――うわっ、うっかり言っちゃったよ。あたしってば何言ってんのよ。おやすみって言う時間じゃねぇだろ。

 優子が思わず俯くと

「ああ、おやすみ、またな」

 忍の声が聞こえて、彼女はハッと顔を上げた。

 彼はもう後姿で、街路灯に照らされた背中はしなやかに、ちょっぴり大きく感じた。



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