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琥珀色の風  作者: 徳次郎
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◆第58話◆

 優子は安西と篠山と一緒に何時もの駅で降りるが、出口は何時もとは別だ。

 自分の家とは逆方向だが仕方がないと、半ば観念して歩く。

 階段を下りて駅を出ると直ぐ、見慣れない風景の横にたい焼き屋が在った。

「あ、ここのたい焼きだろ?」

「そうよ、買ってく?」

 ――安西……なに、気のきく事言ってるのさ。あんた、直ぐ帰るんだろ。

 安西と篠山の会話は、どう考えても以前に交わしている話しの延長線上にあった。

 優子は周囲の景色を眺めながら、古びた小屋の前で二人が買い物するのを待った。

 駅の反対側は特にロータリーなどは無く、三人は線路沿いに少し歩いて住宅街に入る。安西の家の方角とはまた逆方向だった。

 駅からは少し歩くが、そうたいした距離ではない。しかし三人で歩く道のりは、優子にだけは遠く感じた。

 左に一回、右に一回曲がって少し行くと、立ち並ぶ住宅の向こうに大きな屋根が見えた。

 ――あ、あれってお母さんが言ってた大きな家かな。てことは、篠山の家はヤクザの近所?

 家並みの向こうに見えた屋根が次第に近づくと、通り沿いの塀は何時の間にか統一されたモノに変わっている。

 その塀の向こうは既に、大きな屋敷の敷地なのだ。

 ――本当だ。お母さんが言ってた通り、嫌味なほどデカイよ。

 優子はさり気なく塀の向こうに微かに見える建物の屋根を見つめた。

 不意に篠山は立ち止って

「ここ」そう言った。

 ――ここ? ここって? ここって、ここ?

 目の前には大きな門扉。電柱のような門柱には、確かに『篠山』の苗字が掲げて在る。

 優子はさらにその上に視線が停まった。

 ――なんだアレ……あれって、防犯カメラ?

 大きなボックス型の屋外用監視カメラが、ゆっくりと首を振っている。

 ハリウッドスターの豪邸紹介みたいなテレビ番組で、優子は同じようなものを観た気がする。

 篠山は大きな扉の横にある小さな、と言っても普通の大きさのドアを開けて2人を促した。

 優子は思わず安西と顔を見合わせる。

 安西も篠山の家を見るのは初めてなのだろう。

 ――し、篠山……あんたいったい何者?

「ずいぶん大きな家なのね。お父さんは何か事業でも?」

 安西が訊く。

 ――バカッ、どう考えても普通の大きさじゃないだろ。カタギの大きさじゃないって……安西、気付けよ。

 優子が躊躇するのを横目に、安西は門扉の敷居を跨いだ。

「ああ、親父の会社が成功してさ。昔住んでいたこの地に引っ越して来たってわけさ」

 篠山はそう安西に微笑んでから

「どうしたの? 優子も入りなよ」

 ――会社って何よ? キャバクラのシノギか? そ、それともまさかヘルスか?

「う、うん……」

 優子は多少引き攣った笑顔を篠山に向けると、清水の舞台から飛び降りるような気分で、彼の家の敷居を跨ぐ。

 こんな時になって、直樹の言った『売り飛ばされる』なんて言葉が頭を過った。

 ――いくらなんでも、それは無いよね……

「さあ、どうぞ」

 篠山は二人の後に門を潜って二人を奥へ促す。

 門を抜けると芝生と玉砂利が敷かれた、大きな庭園が広がっている。

 左右には石の大きな塘路。

 左の奥には大きな池と何だか解らない岩のように見えるやたらと大きな庭石。

 ――隕石でも落ちたのか?

 安西は軽く辺りを見渡しながら歩くが、優子は思わずその景色に立ち止まる。

 竹を連ねた仕切りの向こうには、テレビでしか見た事のないような大きな外車が停まっている。

 ――あれって、リムジン? ていうか、駅前の角曲がれるのか?

 優子と安西は少し、いや暫く歩いて玄関へ辿り着いた。

 ふと見ると、右の奥にも玄関のような物が在る。

 優子がそれをジッと見つめていると、篠山が気付いて

「ああ、アレは親父専用なんだ」

 ――はあ? お父さん専用の玄関? 何だよそれ……

「お、お父さん専用のが在るの?」

「ああ、親父は仕事に行くときと帰る時はあそこから出入りするんだ」

 篠山はそう言って笑うと

「ゴルフに行く時は、ここの玄関を使うけどね」

 ――何それ? 意味判んない。やっぱ普通じゃないよ。

「へ、へえ、そうなの……」

 優子は不可解な気分で、とにかく笑った。

 安西が先に玄関の前に立つと、いきなり戸がガラリと開いた。

 ――ま、まさか、じ、自動? 

 しかし、さすがにそんなわけは無い。

 妙に背の高い女性が出てきて、思わず安西も見上げる。

 ――デカッ! て、誰? 女性SP? 今時は女性もありえるよね。

 戸の高さが180センチだとすると、それよりほんの少しだけ低い感じか……黒いミニスカートに白いフェイクファー、いや本物のファーのボレロを着ている。

 モールのカットソーの胸はV字型に大きく開いていた。

「あら、お帰り」

 背のデカイ女性がそう言って笑い、優子と安西に視線を這わせる。

「ああ、ただいま。姉さん、また出かけるの?」

「うん。ちょっとね」

 僅かに篠山を見下ろす。もちろん、ヒールを脱げば篠山より少し背は低いのだろう。

 ――ね、姉さん? お姉さんなの? デカくない?

 優子は盗み見るように彼女を何度も横目で見上げた。

「あんまり遅くになるなよ」

「あんたに心配されたら、あたしも終わりだね」

 石畳に小気味よくヒールが鳴る。

 やたらに色気のある足取りを優子は視線で追ったが、安西の視線は家の中にあった。





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