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琥珀色の風  作者: 徳次郎
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◆第56話◆

 優子は低い視線から、忍の部屋を軽く見回した。

 もっとマジマジと眺めたいが、なかなかそんなマネはできない。

 大きな本棚には小説とか新書の学術的な書籍などがビッシリと入っている。

 ――あたしの本棚とは大違いだよ。あれ、全部読んだのかな。

 逆に、漫画本は無いのかと視線を巡らすが、何処にもそれらしき物はない。

「高森って、漫画とか読まないの?」

 ――いきなりそんな話題かよ。

「ああ、押入れに在るよ」

 自分のベッドに軽く腰を下ろした忍は、直ぐに立ち上がって押入れの片側の戸をあけて見せた。

 下の段に小さな本棚が在って、漫画の単行本が並んでいる。

「安心した?」

 忍は戸を閉めながら、そう言って笑う。

「えっ? う、うん。漫画も読むんだね」

 ドアが外からノックされて、忍が応えると母親がコーヒーを運んできた。

 それらをテーブルに乗せる給仕のような母親に、優子は作り笑顔で軽く頭を下げる。

 忍の母親は、柔らかく微笑むと

「どうぞ、ごゆっくり」

 優子にそう言って、部屋を出て行った。

 優子は忍をチラリと見る。

 母親との関係は、想像以上におかしなものとして彼女の目に映った。

「学校でさ、みんなと話が合わないだろ」

 母親がドアを閉め終えると、忍は先ほどの続きを話し始めた。

「みんなと?」

「漫画とか、アイドル雑誌とかさ。そう言うの見てないと友達と話が弾まないじゃん」

「そ、そう?」

 ――そんな事考えて本とか買った事ないよ。やっぱり、高森もちょっと変わってる? でも確かに、こんな難しい本を読んでるヤツなんて、なかなか高校生にはいないよね。

「ああ、コーヒー、いや優子のはココアにしてもらったよ。冷めないうちに飲もう」

 忍はそう言いながら、今度は彼も床に腰掛ける。

 優子はココアにミルクと砂糖を入れると、カップにそっと口を着けた。

「この前、篠山くんに助けられちゃった」

「雄二郎に?」

「学校の駅前で変なのに絡まれてさ……」

 優子はこの前の出来事を簡単に話した。

 黙っておこうと思ったが、篠山から話が通るかもしれないので言っておいた方がいいだろうと思ったのだ。

 ただ、女生徒がいた事は話さなかった。

 余計な心配はかけたくない。

「そうか……近くに誰かいなかった?」

「だ、誰かって?」

「いや、いいんだ。別に」

 忍はコーヒーを口にすると

「雄二郎は意外といいヤツだろ」

「ま、まあね……意外とね」

 優子は思わず苦笑した。

「それから……その時安西も助けてくれたよ」

「安西が?」

 それも言っておいた方がいいと思った。彼女が苦手だからと言っても、やはり感謝の気持ちはある。

 相手を知らずに助けた事自体、彼女には普段見せない確かな正義感があるのだ。

 忍は身体をズラしてベッドに寄りかかると

「そっか……」

 そう言って微かに笑う。

 ――それだけ? 安西に意外な正義感が在るのを高森は知ってるんだ。そうだよね、きっとクラスの誰も知らない安西を、高森は知ってるのよね。

「安西は何か言ってた?」

「えっ、何かって?」

 優子には忍の意味深な問い掛けが判らない。

「何処の学校の連中だった? 優子に絡んだヤツら」

「判んない……この辺では見ない制服だったよ」

「たぶん、吉祥高校かも」

 忍は僅かに天井を見上げた。

 学校名は聞いたことが在る。しかし、他校と全く交流の無い優子には、その学校の制服を思い描く事はできなかった。

「何で吉祥?」

「前に……ちょっとあってさ。トラぶった人と親しい連中が吉祥高校なんだ」

「トラぶったって?」

「そのうち話すよ」

 忍はそう言って優しく笑うと、コーヒーカップを手に取った。

 何だかその笑顔につられて、優子はそれ以上訊かなかった。





「本当に、送らなくて大丈夫?」

「うん。だって直ぐそこじゃん」

 優子は結局何も無いまま忍の部屋を後にした。

 長い廊下を歩いて玄関を出ると、大きな門扉まで来た。帰りの際は、母親の姿は何処にも見かけなかった。

 まるで忍が独りで住んでいるようで、この家屋は優子の家のように人の気配で満たされてはいない。

 門の外まで見送りに出て来た忍が笑顔で手をあげる。

「じゃあ、おやすみ」

「う、うん。お、おやすみ」

 優子は小さく手を振ると、頬が熱くなるのを感じて少し足早に歩き出した。

 ――はぁ……なんか、変にドキドキしたよ。何も無かった……でも、何かあっても困るけど……でも、キスぐらいはいいのに……

 空を見上げると、頭上に満月が輝いていた。

 岩群青のような雲が浮かぶ沈黙した景色は、まるで時間が停まっているようだ。

 彼女は通り道の公園の横まで来た時に、ふと視線を止める。

 小さな公園のベンチに直樹と舞衣が座っているのが、僅かな水銀灯に照らされて見えた。

 何かを話しながら笑みを浮かべる2人の肩と肩の間には、僅かな空間がある。

 優子は何故かその隙間に安堵した。

 横に佐助がいる所を見ると、散歩がてら家を出たのだろう。

 そう言えば、この頃直樹は土曜日になると夕飯の後などに佐助の散歩に行っている。

 彼は、食後の運動などと言っていたが……

 ――そう言う事か。アイツもよくやるよ。

 優子は自然にこぼれる笑顔で2人を見ると、声をかけるでも無く素知らぬ顔で通り過ぎた。

 相変わらず時を止めるような月影が、辺りを静かに照らしていた。




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