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琥珀色の風  作者: 徳次郎
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◆第53話◆

 天窓から入る陽差と水銀灯の緩い明かりが全てを照らし出し、通路のドアを開けた瞬間、独特の不慣れな匂いが彼女を迎える。

 木の香りとゴムが混ざったような、ビニールレザーにも似た匂い。

 優子は、放課後珍しく体育館を覗いていた。

 二階の校舎通路から入ってギャラリー通路の柵越しに見下ろすと、直ぐ下ではバレー部が練習している。

 手すりに両手を着いて視線を横に動かすと、体育館中央がバスケ部の練習コートになっていた。

 部活の際、体育館はネットで3分割され、バレー部、バスケ部、体操部が分けて使う。時々バドミントンや卓球部も使っているが、バレーバスケ部以外は週決で変わるらしい。

 もちろん、優子には詳しいローテーションなんて解らない。

 彼女はあえて中央へは足を運ばずに、端の方からバスケ部の練習を眺めた。

 ネット越しになるので、尚更見難いが、あまり存在が目立つのも嫌で、バスケ部の真上には近づけない。

 それに、中央には女子バスケットの娘が二人、休憩がてらに男子を見下ろしている。

 忍がボールを取ったのを見て、優子は反射的に目で追った。

 奥のゴールへ走る彼の姿が防球ネット越しに、コマ送りの映像のように細切れに動いて見えた。

 忍がスリーポイントを打ち込んだ所で、笛が鳴って休憩に入る。

 ちょうど見学していた女バスの連中も下へ降りてゆく。

 それを目で追っていると、何時の間にか下のコートに忍の姿が見えなくなっていた。

 ――あ、あれ? 何処いったんだろ……外に出たのか?

 すると背後に気配を感じると同時に声がした。

「よお、珍しいな。優子が見に来るなんて」

 忍がすぐ後にいた。

「う、うん……」

 ――うわ、あたしに気付いてたのか?

「どうしたの? 何か急な話とか?」

「べ、別にそう言うわけじゃないんだけど」

 優子がそう言って手すりに背を着けると、忍は彼女の正面に立って壁に寄りかかった。

 正面に向き合って話す事はあまり無いので、彼女は思わず俯き加減で視線を泳がせる。

 天窓から注ぐ光の柱が、彼の身体の左側だけを細く照らして、その情景に優子は思わず胸の奥がピリピリと痺れる感じを受けた。

「し、篠山って何時の友達?」

「ああ、小学校3年の時にちょっと」

 忍は彼との経緯を簡単に話して聞かせると

「どうして? 篠山の事気に入った?」

 ――な、なんでそういう言い方するかなぁ。それに、その逆だってば。

「そんなわけ無いじゃん」

「優子こそ、なんで雄二郎の事知ってたの?」

 ――うわっ、そうだよね……ふふ、気になる?

 しかし、忍は直ぐに「まあ、別にいいけど」

 ――な、なんで? 何で別にいいの?

「いや、あの、仮登校日に廊下でぶつかりそうになって……」

 優子も篠山との経緯を話した。そして、彼が使う駅が自分たちと一緒だって事も。

「ああ、そんなんだ」

 忍は嬉しそうに微笑んだ。

「あれ? 忍は何処行った?」

 下のコートからそんな声が微かに聞こえると、忍は小走りに通路を真ん中まで移動して

「おお、今降りるから」

「何やってんだ?」

「ああ、ちょっとな。直ぐ降りる」

 忍はコートの仲間と言葉を交わすと、咄嗟に屈んだ優子の前まで駆け足で戻って来た。

「今度の土曜日、映画でも行こうよ」

「えっ、う、うん」

「じゃあな」

 そう言って2,3歩駆けて再び彼は振り返る。

「雄二郎はさ、基本イイ奴だから心配しなくてもお前に手は出さないさ」

 忍は軽く手を上げると、再び駆け出して階段の在る先へ姿を消した。

 ――き、基本って何?

 手すりの隙間から下を覗くと、彼が直ぐに走って来るのが見えて、仲間と共にコートへ散って行った。





 4時過ぎだと言うのに、外はもう暮色で西の空には雲に隠れた夕陽が僅かに空を染めていた。

 優子はひとり校門を出て駅へ向う。

 最近は以前に比べても一葉などと一緒に帰る事が多いが、それでも何となく一人の時はあるし、それをなんとも感じないのは今も変わらなかった。

 駅の入り口に数人の高校生の姿が見える。

 女子は優子と同じ制服だが、男子はまったく知らない制服を着ている。

 階段の脇に股を広げてしゃがむ連中の姿は、どうにも威圧感があって通る人にはいい気分ではない。

 それでもよく見る光景なので、優子もさり気なくその前を通ろうとした。

「おい、あの女じゃね」

「ああ、かなりたいした事ねぇじゃん」

 そんな話し声と共に嘲るような笑い声が聞こえた。

 ――なになに……まったく、こういう連中って不愉快なのよね。

 それでも、優子の視線は駅の階段。彼らと目を合わせるのは危険だと知っている。

「五十嵐優子」

 三人の男の誰かがそう言った。

 優子も思わず振り返る。

「あんた、五十嵐優子なんだ」

 三人の真ん中男だった。

「ほら、やっぱりそうだろ」

「意外とブスじゃね?」

「高森忍って、趣味変わってるらしいからさ」

 三人が交互にそんな会話を交わしている。

 ――な、なにこいつら。あたしに絡んでるの?

 足を止めた優子の前で、三人の男はゆっくりと立ち上がった。

「なあ、俺たちと遊ばない?」

 左の男が優子の腕に手を伸ばしたので、彼女は反射的に振り払った。

「あれぇ? なんだよ。内気でショボイから楽勝だって言ったの、誰だ?」

「千賀子じゃねの?」

 ――誰よ、チカコって? あたし知らないよ。

「いいじゃん、ちょっとぐらい遊んでくれたってさ。若いうちにいろんな経験積んでおいた方がよくね?」

 今度は右端の男が優子の腕を掴もうとして、それも払いのける。

 しかし、三人は確実に優子を階段の上り口から遠ざけてゆく。

 ――な、なに? もしかしてあたし超ピンチってやつ? こいつら何? 高森を知ってるの? ていうか、あの女は何?

 男の後ろに視線を向けると、最初からいた女子2人はずっと同じ位置に立ったままこちらを見ている。

 どう考えてもこの事態に関係無くはないだろう。

 優子は暮色の空の下で、できるだけ彼女らの容姿を記憶した。

「ちょと、向こうに行こうよ」

 階段の上り口は何時の間にか遥か遠く見えた。

 それは、実際の距離だけでなく、危機的状況から来る距離だ。

「ちょっと、やめてください!」

 優子は三人の手を何度も払いのけた。

 線路沿いのフェンス横にある物置きの壁に優子の身体は追い詰められていた。

 ――なんかあたし超ヤバくない? どうしよう……ここからどうやって逃げよう……




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