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琥珀色の風  作者: 徳次郎
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◆第51話◆

「ねえ知ってる? 駅向こうに大きな家が出来たって」

 夕飯を食べながら、母親の杏子が言った。

 優子の家の食卓は、今夜も家族揃って平穏そのものだ。

「何だ、金持ちでも越して来たか?」

 孝之助が箸を動かしながら応える。

「それがハンパじゃない大きさなのよ。みんな公共施設ができると思ってたくらいなんだから。それが出来てみたら個人の自宅なのよ」

「そんな、デカイのか?」

「庭にこの家がすっぽり」

「そんなに?」

「しかも、二つは入りそう」

 それを聞いて、孝之助の箸がさすがに一瞬止まる。

「わざわざ見に行ったのか?」

「だって、どれだけ大きいか気になるし、私もあそこには何か施設か公園が出来ると思ってたんだもの」

「ま、金持ちは何処にでもいるさ」

 孝之助はそう言って、味噌汁をガブリと飲んだ。

「何処かの組長さんの自宅らしいわよ」

 母親の杏子は続けた。

「く、組長って、ヤバイ組の方の?」

 優子が思わず口を挟む。

 杏子は頷いて笑うと

「優子も気をつけてね」

 ――何をどう気をつけんのさ。

「ほら、姉ちゃんトロイから、ぶつかって因縁つけられたりとかさ。終いにラチられてどっかに売り飛ばされたり」

 直樹が面白そうに横から口を出す。

 まるで思考を読み取ったかのような言葉は、やっぱり姉弟という事か……

「バカね、そんな漫画みたいな事がそうそうあるわけないでしょ」

 優子は肘で弟の脇腹を小突いてやった。



「何処見てんだ、こらぁ! あぁ?」

 朝の喧騒に包まれた駅構内に、いかにも下品な声が轟いた。

 ――うわ、何だあれ。あれがそうなのか?

 優子は階段を上ったところでそれを耳にして、思わず通路の先を見た。

 大柄で長いコートを羽織った後姿は、脚を大きくがに股に開いている。オールバックの髪は整髪料でエナメルのようだ。

 その隣には少し小柄の、金髪で坊主頭の男。これまた凄いがに股だ。

 いかにもガラの悪そうな男が二人、誰かに絡んでいる。

 しかし、二人の男が少し動くと、その先には見慣れた制服……

 ――ていうか、あいつ篠山?

 絡まれているのは、どうやら篠山雄二郎のようだ。

 優子は雑踏に紛れながら出来るだけ彼らに近づく。

「ああ、ごめん。ちょっと考え事してたもんで」

 篠山は何時もの笑顔だった。微かに話し声が優子に届く。

「考え事だ? 兄貴の肩はなぁ、めちゃくちゃ外れ易いんだ。どうしてくれんだコラ? 嗚呼ああ?」

 小柄な男がガニ股の足を揺らしながら、篠山に顔を近づけて怒鳴る。

 篠山は顔色一つ変えずに、制服の内ポケットから財布を取り出した。

 ――あいつヴィトンの長財布? ていうか、あぁ……お金払っちゃうの? それってどうなの?

 優子は柱の凹凸おうとつの影に身を寄せて様子を覗っていた。

 しかし篠山は自分の財布から取り出した、何か名詞のようなものを差し出して

「ああ……じゃあ、後でここに連絡くれる?」

 そう言って再び笑った。

 なんだか知らないが、全く動じる様子は無い。

「ああ? どっかの坊ちゃんか?」

 小柄の男はいかにも不服そうにそれを受け取り、大柄の男が覗き込む。

が、急に直立した姿になった。

 その時、構内放送が流れて、彼らの話し声はかき消された。

 しかし小柄な男も遅れて直立している。かなり慌てた様子だ。

 そして、二人一緒に足早に向こうの階段を下りてゆく。

 何度か篠山に頭を下げたように見えたが、優子にはどういう事か全く理解できなかった。

 ――な、なんだ? 何だったんだろう。

 優子が通路の中央へさり気なく歩き出すと、篠山も彼女に気付いた。

「ああ、優子。おはよう」

「お、おはよう……」

 ――なんだよ、もう……高森とだって滅多に朝の挨拶なんて交わせないのに。



「相変わらず優子はギリギリなんだな」

 ――あんたに言われたくないっての。

 優子と篠山は電車を降りて駅を出ると、朝の風を切って学校までの道を足早に歩いた。

 学校の最寄駅を出ると、意外に自分たちと同じ制服姿は目に付く。

 学校周辺に住んでいる連中ほどギリギリに来るのだ。二人の横を、何台もの自転車が追い越してゆく。

「ねえ、この前の彼、高森忍だろ?」

 篠山はポケットに手を入れたまま、優子を覗き込む。

「えっ? う、うん……」

 ――なんだコイツ。早くも対抗意識でもあるのか? 確かにあんたの見栄えもなかなかだけど、高森は特別だよ。

「そうか。やっぱり忍か」

 彼は歩きながら、軽く空を仰いだ。

 優子は思わずそんな篠山を見る。

「し、知ってるの?」

「ああ、ちょっとね」

 篠山は意味深に笑って見せた。





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