◆第46話◆
外の景色はもう真っ暗だった。
闇の中に住宅街の明かりがポツポツと輝くのを、優子と一葉は駅のホームに佇んで眺めていた。
一葉は電車には乗らないが、優子をホームまで見送りに来たのだ。
「なんか疲れたね」
一葉がポツリと言った。
「う、うん。そうだね」
優子はひとつ息をつくと
「一葉、足速いんだね。ビックリしたよ」
「ああ、あたし中学の時、陸上で短距離やってたんだ」
彼女は優子を見て笑いを浮かべると
「これでも二年の時には国体行ったんだよ」
「へえ、じゃあ、高校でもやればいいのに」
一葉の笑みが一瞬雲って、視線を遠くに向ける。
「膝がね、もうダメなんだって」
「膝が? で、でもさっき走ってたじゃん」
「あんなちょっとくらいは平気だよ。でも、本気でやったら毎日何十本も練習で走るでしょ。それには耐えられないんだって」
一葉は軽く屈伸しながら自分の太ももを叩いて
「あぁぁ、明日は筋肉痛かな」
優子は何時も通りに明るいその横顔を見つめていた。
誰にでも隠し持った苦悩が在るのだと思った。
こんなに常日頃明るい彼女にそんな挫折があったと知って、正直ショックを受けた。
――いっつも元気な一葉にそんな苦悩があったなんて……
優子は一葉と同じに漠然とした夜の景色に視線を向ける。
少しでも、彼女と同じ景色が見たかった。
何だか自分がいかにも世間知らずで、あまりにもお気楽な人間に思えた。
普段誰にでも明るい一葉の方が、よっぽど深刻に生きているような気がしたのだ。
反対向きの電車が着いて、降り立った人の波が同時に作り出した喧騒を持ち去ってゆく。
再びホームに静けさが漂う。
「これで、安西も救われるってわけね」
一葉は、わざと明るい声をだすと
「あたし、知ってるよ」
「な、何を?」
「優子が高森とけっこう親しいって事」
――うわ、やっぱり知ってたんだ……何処かで見られたのかな……
「あたし、この前少し後つけたんだ」
一葉は少しだけすまなそうにそう言うと
「ほら、学園祭の終わった日」
「ああ、あの日」
優子は、一葉と駅で別れて同じ電車に乗らなかった事を思い出した。
もちろん、実際は乗っていたのだが……
「別に隠す事じゃないんだけど……」
優子はどう言っていいのか判らなかった。
「まあ、周りに反感買っちゃいそうだしね」
「ていうか、まだ、関係がよく解んない…ていうか、なんていうか」
優子は一葉に視線を向けずに、住宅街の明かりを見つめて言った。
「コクってないの?」
「向こうがね」
「向こうが?」
怪訝そうに優子を見て一葉は笑う。
――おいおい、あたしがめちゃめちゃプッシュしてるとでも思ってるのか?
「た、高森が?」一葉が確かめるように優子の顔を覗きこんだ。
「もしかして、高森の方が優子を……?」
一葉は目を丸くしている。
――ていうか一葉、それ驚きすぎだって。
「うん……向こうが誘ってくるから、断る理由も見つからないし、何となく誘いに乗ってるうちに、一緒にいるようになって……」
「で、今は?」
「えっ?」
「最初にどっちが誘ったかより、今のあんたの気持ちはどうなの? 好きじゃないの?」
優子はそんな事を訊かれて、改めて困惑した。
自分は高森忍を好きなのだろうか……それが解らない。
だからきっと、忍が自分をどう思っているかの方が気になってしまうのだ。
自分の気持ちがどうこうよりも、彼の気持ちが二人の関係をリードするのだと勝手に決めている。
周囲の目から見た位置関係が、自然と優子にそういう思考を与えたのだ。
しかし、今更積極的に相手との関係を築けと言われてもどうしていいのか判らないし、そう簡単に行動にも出せない。
「解んないよ……」
優子は力なく答えた。