◆第45話◆
舟越は同じ学校の先輩と共謀して学校裏サイトを立ち上げて、安西の過去を暴露した。
確かに半分は真偽の判らない話だ。
しかし、中高一貫の私立を途中で辞めて都立の高校に来た安西には、忘れたい過去が在るのは事実なのだ。
共謀したそのセンパイなる人物は、学園祭で優子のメイド姿を見て気に入ったらしい。
「そのセンパイって、誰よ?」
一葉の問いに舟越は「言っても知らないよ」
「知らなくても、名前言えっての」
一葉が舟越の二の腕をパンッと叩いた。
「ていうか、優子の何処に惚れちゃったの? 何処がいいの?」
――おいおい、それって超失礼だろ……あたしだって……ていうか、あたしの何処がいいんだろ……
「そ、それより、センパイでしょ?」
優子は一葉の質問の主旨がずれているのを指摘した。
「あはは、ゴメンゴメン」一葉が苦笑する。
「杉浦健也……」
舟越は一葉の声に被せるように、ぼそりと言った。
優子は一瞬その名前でピンと来なかった。一葉と一緒に何となく頷いて彼女と顔を見合わせる。
「その、杉浦ってのがモギヰなの?」
一葉の問いに舟越は、コクリと頷いた。
――ん? 杉浦健也? それって、なんかすごく聞き覚えあるっていうか、見覚えのある名前だぞ。
「とにかくさ、あのサイト閉鎖してよ」優子が言った。
「どうして? 五十嵐には関係ないっていうか、別にキミらに被害はないだろ?」
――あんな手段で、こそこそ人を貶めようとする根性が気に入らないんだよ! 誰かに喋る勇気がないなら、ずっと心にしまっとけ!
「いいから閉鎖しなさい」
優子はそう言って舟越のベージュのジャンパーを千切れるくらいギュッと掴むと「するの? しないの?」
「ゆ、優子、落ち着けって……」
優子と一葉は舟越の家に上がりこんでいた。
彼の部屋のパソコンから今すぐサイトを閉鎖する為だ。
ベッドと机の間には何だかよく解らないものがごちゃごちゃと置いてある。
「何これ? ていうか、これエロゲーじゃん」
一葉が声を出すと、舟越は慌ててそれらにバスタオルを被せた。
とにかく机の前に座らせて、パソコンを立ち上げさせる。
サイトを開いてパスワードを入力してログインし、削除モードをクリックするだけで簡単に全ては消えてなくなる。
当事者が操作すれば、それはあまりにもあっけなく消えてなくなるのだ。
「これでとりあえず、さっきの約束通りあんたの仕業って事は内緒にしといてあげるよ」
一葉はそう言って舟越の肩を軽く叩いた。
「前に、校庭の裏で死んでたネコのお墓、作ってたろ?」
舟越がパソコンの画面を見つめたまま呟くように言った。
「ネコのお墓?」
一葉は怪訝な表情で復唱したが、優子はピンと来た。
以前、まだ夏休みに入る前くらいの頃、校庭の裏の片隅でネコが死んでいたのだ。
気付いた連中もいたが、みんな気持ち悪がってだれも知らないふりをした。
放課後たまたまクラス委員の用事で職員室へ行った優子は、余計な雑用を言いつけられて焼却炉に不要品を捨てに行った。
その帰りにネコの死骸を見つけたのだ。
可哀想だとは思ったが、別にお墓を作ってやったつもりは無い。
土に埋めてあげただけだ。
「五十嵐だけは、黙ってお墓を作っているの見て、ちょっと萌えたんだ…」
――な、なんだよ、モエタって? ていうか、あれはお墓じゃないって。土に埋めただけだよ。ほっといたら腐っちゃうでしょ。
「いや、あれはさ、お墓っていうか……」
「なんか、けっこう地味だけど、なんかかわいいかなって」
――あんたに地味って言われたくないよ!
「へぇ〜、そんで優子に惚れちゃったの」
一葉が楽しそうに言った。
「でも、杉浦センパイが目をつけちゃったし……」
舟越は真顔でそう言うと、パソコンの電源を落とした。
「あ、あのね。その杉浦センパイだけど……あたし、よく知らないし、話もした事ないし」
「でも、この前告白したって」
――はあ? 告白って、もしかしてアレか? あの暗号文か?
「バカだね、優子はもう……」
一葉がそこで言葉を飲み込んだ。
「判ってるよ。高森の事も先輩に言ったんだ。でも、そんなの関係ないって」
「うわわわわわ、あんた何いってんの。あいつとは何でもないって」
「あれ? そうなの?」
舟越が振り返ると、一葉も優子を見た。
彼女は優子がどう切り返すのか、少し興味が湧いた。
「そ、そうだよ。高森とは別にたいした仲でもないし。それに、その杉浦って人もよく知らないし……」
優子は何とか話題の焦点を変えようとした。
「そ、それよりさ、あんたがサイトを消したら、センパイに何かされるんじゃない?」
「ああ、仕方ないから学校側が調査を始めたから止めたっていうよ……どうせ長くやるのはヤバイから、暫くしたら止めようって話だったんだ」
「それがいいかもね」
一葉はそう言ってから
「でもさ、あれって本当に10万ヒットもアクセスあったの?」
「ああ、あれは最初から10万スタートだよ。そんなにアクセスあるわけないだろ」
「なぁんだ、そうなんだ」
優子も気にかかっていた事が判ってホッと息をつく。
「そ、それじゃあさ……」
舟越は電源の落ちたパソコンの黒い画面に再び視線を向けると、唐突に改まった声をだした。
「お、お、俺とじゃ……ダメかな」
「はあ?」
唖然とする優子を横目に、一葉は思いっきり手のひらで舟越の後頭を叩いた。
「ありえないんだっつうの。ていうか、ナニついでにコクってんだよ」