◆第43話◆
久しぶりの曇り空は、朝から陽差を遠ざけて街並全てに影を落としていた。
翌日、舟越は学校へ来た。もともと存在感が薄いから、彼がいようがいまいが誰も気には留めない。
考えてみれば、学校やクラスにそんな生徒はいくらでもいる。
見る方向を変えれば、全ての生徒はただの一生徒に過ぎないのだから。
しかし、この日は違っていた。
放課後、何時の間にか帰ろうとする直前のところで、一葉が声をかける。
「舟越、ちょっといい?」
「な、なに? もう学園祭も終わったし、関係だいだろ」
一葉の不適な笑みに、舟越は警戒心を露にする。
「学園祭だって、けっきょく休んだくせに」
一葉は思わず腹に据えかねていた事を声にだした。
「おっ、舟越が女にいじめられてるぞ」
男子の誰かが声を出した。
一葉も思わず振り返って教室を見渡す。
もうクラスの半分は教室から出ていなくなっていた。
誰が声を出したかは判らなかったが、今の声で教室に残っている連中の大半が一葉と舟越を見ているのは確かだった。
もしかして、声の主は同時に廊下へ出たのかもしれない。
窓際ではバックを肩に掛けた忍が一葉を見て、優子の方にも視線を送る。
彼と目があった優子は、なんだか忍に後押しされるように声をだす。
「か、一葉……」
彼女に近づいて、腕を掴んだ「教室じゃあ、ちょっとさ……」
その隙をついて、舟越が足早に教室を出て行く。
「あっ、ちょっと」と一葉は声を上げるが、まさか校舎内で追いかけっこなんてするのも何だか人目を引きすぎる。
ふと見ると、安西も教室にはもういなかった。
「どうかしたの?」
忍が出口へ向う途中でさり気なく声をかけてきた。
それは、優子に言ったというより、一葉と優子の二人に言ったという感じだ。
「うん……ちょっとね」
優子が先に応える。
「ほ、ほら。アイツ学園祭の係りサボったからさ」
一葉がそう言って「高森は今日も部活?」
「ああ、何時もと変わんないよ」
一葉は忍が優子を見るかどうか、彼の視線に注意を払っていた。
「でも、一葉は元気いいから、舟越もタジタジだな」
忍は明るく笑うと「じゃあ」
そう言って優子の肩にポンッと触れて歩き出した。
「う、うん。じゃあね」
優子は片言で返す。
教室で触れられると心臓は一気に跳ね上がって、自然な素振りをするだけで精一杯だった。
一葉の視線を感じていたせいもあるのだろう。
二人きりで作った時間が多すぎて、他の友人と一緒の時にどうしたらいいのか判らなくなっていた。
どうしたらいいのか判らないから、教室では余計素知らぬふりをする。
――これから先も、あたしたちってこうなのかな……
相変わらずの曇り空は、午後になるともう夕方のように辺りを薄暗くしている。
通りに立つセンサー式の街路灯には、既に燈が灯っていた。
「ねえ、優子」
「なに?」
二人は仕方なく何時もの帰り道を駅まで歩いていた。
「裏サイトの事、高森には言ってないの?」
「な、なんで高森に言うのよ」
「だって、前に付き合ってたかも知れないんでしょ? あの二人。あれに書いてあった別れた彼氏ってそうなのかな?」
「そんなの、解んないよ」
「安西には訊いてないの? 家に行ったんでしょ?」
「訊いたけど……何だかよく解んない」
優子の少し投げやりな応えに一葉は軽い溜息をついて
「でもさ、少しは力になってくれるかも」
それは優子も考えなかったわけではない。
ただ、どういう理由で二人が別れたのかはっきりしない以上、安西の事を忍に言うのは気が引ける。
「でも、なんか部活とか忙しそうだし、言い難いのよね」
――ていうか、どうしてそんな事あたしに言うんだ? まるであたしが高森と親しいの知ってるみたいに……
「それに、ほら。高森って話し難いし……一葉が言ってみれば?」
「えぇっ? あたしはだって、安西だってどうでもいいし」
――なんだよそれ。
「でも、舟越を問い詰めるの手伝ってくれるって」
「それは、優子の為じゃん。それに、なんか面白そうじゃん」
――本音はそれね。まぁ、手伝ってくれるって言うのはありがたいけど。
「でもさ、ヤギヰが舟越だとして、モギヰは誰なんだろう?」
何となく一葉が呟くように言った。
「3年の事を書いてたから、やっぱ3年生ってことかな?」
「3年の記事は確かめようがないしね。舟越のでっち上げかもしれないし」
「だいたい安西の事だって、本当かどうか解んないじゃん」
「ま、ここで言ってても仕方ないって事かな」
そう言いながら駅の階段に足をかけた一葉が、思い立ったように
「ねえ、舟越の家に行ってみようよ、これから」
「でも、住所録見ないと」
優子の言葉に一葉は得意げに笑みを浮かべて
「住所録、携帯のテキストに入れて来たよ」
裏サイトの犯人は誰なのか?
その目的は?