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琥珀色の風  作者: 徳次郎
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◆第40話◆

 優子がリビングから外を覗くと、忍が庭に入って来ていた。

 普段黒々とした髪が陽差を受けて、やたら艶やかだった。

 優子は慌てて窓を開けると

「ど、どうしたの?」

「帰りに駅向こうのたい焼き屋が始まっててさ、買ってきたんだ」

 駅の階段を向こう側に下りてすぐ、秋冬だけ営業するたい焼き屋が在る。かなり人気があって、店が始まると連日客が列んでいるのだ。

 佐助がやたらシッポを降っているのは、たい焼きの匂いを嗅ぎ付けたのかもしれない。

「ち、ちょっと待ってて、今玄関に行く」

 優子は慌てて玄関に回ると、髪の毛を指でササッと直して壁掛けの鏡を覗いてから一息ついてドアを開けた。

「いま、帰り?」

「ああ、今日は午前中だけの練習だからね」

 ――なんであんたは、何時もいきなりなのよ……

 優子はこの状況でどうしたらいいのか、思案を巡らせる。

 ――や、やっぱり家に上げるべきよね。せっかく来たんだし。で、でも、どうするの? 一緒にたい焼き食べてくつろぐの?

「あ、上がってく?」

 優子は少々ぎこちなく笑って言った。

「家の人は?」

「み、みんないないよ」

 ――ヤバッ、それってヤバくない?

「そうか、沢山買ってきたから、後でみんなにも食べてもらってよ」

 そう言って忍は玄関に入ろうとする。

 ――や、やっぱり上がっていく……よね。

 優子は一瞬気後れしながら、彼が入り易いように促した。



「お茶? 紅茶? 何がいい?」

 優子は台所からリビングにいる忍に声をかける。

 忍はソファに腰を下ろすと、少しだけ辺りを見回して

「あ、お茶でいいよ。たい焼きには日本茶がいいだろ」

「そ、そうよね。日本茶ね」

 優子は普段お客用にしか使わないお茶の葉を取り出して急須に入れた。

 自分の生活空間に異性が入り込むと言うのは、何だか妙な気分だった。

 別に見られて困るものもないはずなのに、家中何処を見られてもこそばゆい。

「なんだか、妙に落ち着く家だな」

 優子がテーブルにお茶を差し出すと、それを手にした忍が言った。

「そ、そうかな。中古住宅だけどね」

 ――そんなの関係ないっつうの。何言ってんだあたし。

 テーブルの皿には、まだ暖かいたい焼きと日本茶。それを挟んで、優子と忍がソファに腰掛けていた。

 何だか奇妙な光景だと優子は思って、喋る話題が思いつからない。

「なんか、これ食べたらお昼食べられ無そうだね、あははは」

「そうか? これくらい平気だろ?」

 ――正解です。全然平気で食べられます……でも一応話題ってやつよ。

「そうだね、大丈夫かな……」

 優子は再び笑うと、掴んだたい焼きの尻尾を小さく齧った。

 ――うわっ、久しぶりで食べたけど、超おいしいじゃん。

 ふと窓の方を見ると、佐助が窓の下部分からレースのカーテン越しにこちらを覗いて鼻をピクピクと動かしている。

 たい焼きの甘い香ばしい香りを必死で嗅いでいるのだ。

 彼がせっかく買って来てくれたものを直ぐにイヌにあげるわけには行かないので、優子はサイドボードの戸棚からビスケットを2枚取り出すと、窓を開けて佐助に与えた。

 窓を開けると、外の空気が庭の青臭い木々の香りを運んできた。

 佐助が鼻を鳴らして喜んでいるが、直ぐには口へ与えない。

「お座り」そう言って、彼を座らせると「お手」「御代わり」

 佐助もそれをやったら貰えるのを知っているので、急いで順番に前足を差し出す。

 佐助は変な癖があると言うか、よほど人に足を触られたくないのか、手のひらの寸前で自分の前足を止める。

 普通の犬のように、相手の手のひらに乗せないのだ。

 優子は何時も、ちょっと意地悪をして佐助が寸止めしている前足をムギュッと掴んでやる。

 そうすると、ちょっと彼は困った顔をするのだ。それが何だか可愛いくて好きだ。

 お預けをさせた後に初めてビスケットを与える。

 こんな動作をしていれば、会話が少々滞ってもあまり苦にならない。

 ビスケットを与え終えた優子は、再びソファに戻って腰を下ろす。

「ゆ、優子さ……」

 再び目の前に腰掛けた彼女に、忍が改まった声をだした。

「ハイ?」

 忍の視線は何処か泳いでる感じで、優子の姿を僅かに避けていた。

「い、言い難いんだけど……おまえ……」

 ――な、何? 何改まって、しかも照れくさそうに。ついに告白か? ちゃんと言う気になったか? それならあたしも真剣に考えるよ。

ていうか、たい焼き食べながらなのか? それってどうなの?

「な、何?」

 優子の鼓動が心なしか早くなって、胸の内側を叩いた。

 忍は、意を決したように言う。

「ジ、ジーパンのジッパー、半分開いてるよ……」

 ――ぎゃぁあぁぁぁぁ! うそぉ! なんでぇえぇぇぇ。

 優子は咄嗟に立ち上がって後を向くと、急いでジッパーを上げる。

 確かに丁度半分くらいの所で、ジップが止まっていた。

 ――なんでこうなの……ていうか、あんたがいきなり訪ねてくんのが悪いんだよ。もう。

 首をうな垂れる優子の背中に忍は

「でも、別に中は見えてなかったぜ」

 ――そんな変な慰め要らないのに……

 それでも優子は忍の方に振り返ると、紅潮させた顔で確認する。

「ほ、本当に見えなかった?」

「ああ、内側のフラップがあるからな」

 忍は笑ってお茶を口にすると

「ほとんど見えないだろ」

 ――ほとんどって何? 見えたのか? 少しは見えたのか?





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