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琥珀色の風  作者: 徳次郎
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◆第4話◆

 秋晴れの夜空に浮かぶ弦の月が、住宅街を明るく照らしていた。

 優子はノートを手に門扉の前に出た。

 一瞬黒い人影にギョッとして息を飲む。が、それが高森忍の影と気付いてホッと溜息をもらした。

「よお、悪いな。ちょっとそこのコンビ二でコピーとってくるよ」

「あ、あたしも……あたしも行っていい?」

「えっ? あ、ああ。もちろん」

 優子は忍と一緒に大通りまでの距離を歩き出す。

 大通りといってもたいした通りでもないし、距離にしても200メートルもない所に在る。

 高森忍は中肉中背だが、もしかしたら少し着痩せするタイプかもしれない。額にかかる黒髪はサラサラと風に舞って、不良とかツッパッているとか、そんな感じは全くないのだが、何処か硬派な香りがする。

 それで、成績優秀なものだから、周囲の女共は放っておかない。

 ――それにしても、高森忍の家がウチの近所だったなんて初耳だったな。こんなに直ぐに来たんだから、近いのは本当なんだ。

「登校の時はあまり、ていうか会ったことないよな」

 隣で自分を見つめる彼の瞳に、一瞬優子は魂が吸い寄せられるような気がして思わず目をそらした。

 学校ではそんな事感じたことが無い。

 優子は慌てて自分の心の中で小首を振る。

「えっ、うん。そうね……」

 ――そうだよ。なんで会った事ないんだ? あ、そうか、コイツは部活だから朝早いんだ。でも試験の時とか……あ、あたしが何時もぎりぎりに行くからか。

「朝は何分の電車に乗ってんの?」

「えっ?」

「電車さ、試験の時にも会った事ないよな、五十嵐とは」

「あ、あたしは……7時58分のやつ」

「7時58分? じゃあ、もろギリギリだな」

 忍はそう言って、笑った。

 学校は8時25分までが登校時間だ。7時58分の電車に乗って学校まで20分弱。そこから学校まで足早に歩いて5分ほどだ。

 ――な、なによ、そんなに可笑しい事ないでしょ。あたしは低血圧で朝は苦手なのよ。

「高森くんは、何時も何分のに?」

「俺は6時45分のやつさ、何時もはね」

 ――早ッ。あたし、まだ布団の中じゃん。

「は、早いのね……ずいぶん」

「朝練あるからな。試験の時はゆっくり行けるからいいよ。7時42分のに乗れば、充分間に合うしな」

 ――なによ、58分のだって小走りすれば余裕なんだからね。時間は有効に使うべきじゃない。

 そんな会話をしながらコンビ二に着いた二人は、コピー機の前に陣取って、忍はノートのページを台の上に合わせて機会に小銭を入れる。

 3ページほどなので、コピーは直ぐに終わった。

「五十嵐って、意外と字がキレイなんだな」

 忍はコピー用紙に転写された優子の文字を眺めた。

「そ、そうかな」

 ――どういう意味よ、それ。いったいあたしをどういうイメージで見てるわけ? 

「あ、ちょっと待ってろ」

 忍はそう言ってレジの方へ行くと、缶コーヒーとココアを買ってきた。

「ほら、一応お礼な」

 彼はそう言って、ホットココアを優子に渡す。

「あ、ありがとう……」

「でもよかったよ。五十嵐って、もっと話しにくいのかと思ってた。意外と話すんだな」

 ――なんだ、そりゃ。あたしは根暗女じゃないっつーの。そりゃあ、ちょっと気が弱いし、知らない人と話すのは苦手だけどさ。

「そう? 知らない人と話すのが、ちょっと苦手かな……」

「俺は知らない人じゃないって事か」

「えっ?」

「いや、ほら。あんまり教室でも話したことないし。でも、意外と普通に話してるから」

「そ、そうかな」

 ――そうかなってなんだよ、もう、あたしってば。こんな会話が普通か? 普通のあたしがどう映ってるんだ?

 二人は店をでると、一緒に缶のプルタブを引いた。

「あったかい……」

 優子は思わずそう呟いてココアの缶に口を着けた。

 自然に笑みがこぼれる。

「五十嵐って、ジーパン履くと意外にスタイルいいんだな」

 優子は思わずココアを噴出しそうになって慌てて飲み込んだ。

「な、なに? いきなり……」

 ――どういうタイミングで言ってんだよ、もう。それともなにか、あたしのお尻にムラムラしたりするのか?

「いや、何となくさ。五十嵐の私服って初めて見た気がして」

 ――いいや。あんたが気付かないだけだよ。修学旅行は自由行動の日、私服だったじゃん。あんたの眼中にあたしがいなかったってだけでしょ。

「そういえば、修学旅行で見たか」

 ――み、見たのか?

「そ、そういえば、自由行動は私服だったもんね……」

 優子は俯いた顔を上げたが、隣に忍の姿はなかった。

 慌てて振り返ると

「じゃあ俺、こっちだから。ノート、サンキュウな」

 直ぐ後で、忍が笑みを浮かべて手を上げた。

 ――なんだよ、話し振っておいてほったらかし? 結局あたしはその程度の女か。

「うん、いいよ、こんな事くらい」

 優子も慌てて笑顔を作って「じゃあね」と小さく手を振った。

 月影に照らされる自分の笑顔は、何時もの2割増しのような気がした。



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